まあ、俺らのクラスは暗幕調達して張り巡らして機材ポーンしたら完了やけど、他のクラスはてんてこ舞いっちゅうやつ。
何するんかはもうプログラム的なもんもろてるから把握済で、ゆいのクラスはやっぱ例のヤツになったらしい。ゆい曰く、守銭奴・笹川がゴリ押しして跡部の意見も聞かずに多数決で圧勝したんやろうと思う。むかついとる跡部が容易に想像出来るわ。
近所の忍足さん 10
会場設営に使う飾りの仕事をクラスの誰かが持って来た瞬間、俺は逃げた。
ちまちましたもんをちまちま作る気がないっちゅうか、何や面倒やったさかいしれっと教室を出て歩く廊下。当然やけど皆浮足立っとる。特に俺らみたいな三年は余計気合いも入っとるわけで…どっかのクラスでは金槌の音がガンガン響きよる。
まあ、ええんやけどそこまで気合い入れてやるもんやろか。俺は勘弁なんやけど。
そう思いながら辿り着いたんは部室。此処やったら誰も侵入出来ひんし、邪魔もされへんし、ゆっくり出来るやろ。
そう思って中に入ると…すでに先客があった。
「悪いやっちゃなあジロー」
「んー…あ、オッシー」
椅子にゴロンと寝転んどるんはジロー。机に座っとるんは跡部やった。
「てめえは何しに来たんだ」
「サボリに決まってるやん跡部と同じや」
「バーカ。俺様は書類書きに来てんだよ」
「俺は昼寝ー。クラスで寝てたら邪魔だって言われたから来ただけだCー」
要はサボりやんジロー。
跡部かて生徒会室で作業すればええのにわざわざ此処におるっちゅうことは…大方、笹川に見つかって何や雑用増えるんが嫌なんやろうて。
「ねえねえ、オッシーんとこは何するのー?」
「プラネタリウムや。ジローんとこは?」
「何かね、射的とか何か色々ゲームするよー」
随分ざっくりやけどどうやらミニゲームを複数やるらしい。で、景品作りで逃げた、と。
「女子対象の景品作るの面倒なんだよー」
「男子対象の景品は簡単なん?」
「お菓子でいっかーってカンジ?」
まあ…それでもええんやろけど。
女子対象の景品っちゅうんはビースとか色付き針金とか刺繍糸とかでアクセを作ってるらしい。そら逃げたなるわな。そんなちまっちました作業かつ量産せなあかん作業とか俺かてしたない。ましてやジローにそないな集中力はあれへんやろ。
「そういえば景ちゃんとこは?」
うーんと背伸びをするジローが少し体を起こして跡部の方を見た。
「聞いたるなジロー。跡部んとこはエラいことになってんねん」
「えー?ストリップでもするの?」
「バーカ。んなことしねえよ」
「ある意味、似たようなもんやん」
確率はかなり低めっちゅう話やけどこの俺様がホストするんやろ。集客ハンパないやろーな。
「……アイツから聞いたのか?」
ゆいのことや。
書類から目を離さんとしれっと聞きおる。ごく当たり前に、けど何処か棘を含んで。
「せやけど?」
「仲いいんだな」
「悪うはないな。フツーに」
「だったらきちんとすべきじゃねえの?」
……どういう意味や。
そう、言いたかってんけど相変わらずコッチを見る様子もなく淡々と言い放った跡部に俺は何も言えん。
ほんまは分かってんねん。
この距離保ちたいって気持ちと距離をぶち壊したいって気持ち、誰にも知られとうないって気持ちと誰にも奪われとうないって気持ち、全てが混同してぐちゃぐちゃして…結局、進まずにいようとした時にたった一人、跡部が浮上しただけでゆいに自分の苛立ちをぶつけてしもた。彼女は、何も知らんのに。
このまま、何も言わんと距離をそのままにしといたらきっと楽しいて思う。けど同時にドロッドロの不安も抱え込んでしまうやろう。
逆に自分が何か言えば…その距離は失われて変化するやろう。どっちに転ぶか、そんなん分からん大きな賭けになってまう。
「あいつは言うほど馬鹿じゃねえよ」
「……そんなん、」
「色々考えた上で今があるようだが、お前はそれでいいのかって話だ」
いいか、悪いか。そんな二択で言うならいいわけあれへん。
「……意外にお節介やね跡部」
「意味もなくてめえに睨まれんのがうぜえだけだ」
単なるご近所さん、単なる優しい兄さん、それはそれで成り立つ関係やったけど次は?次は…良き相談相手とか言われて色んな相談された暁には俺は狂うかもしれへん。冷静な顔してどうやってゆいから恋の相談とか受けられるやろか。そんなん絶対無理や。
「けどま、そろそろ潮時かもしれへんなあ」
此処におる間はええ。あの場におる間はええよ。けど先は分からん。
いつかはお互いにあのマンションを出る日が来る。ずっと同じ場所におることはあれへんやろう。今でなくても遠くない未来には。
「あれー?オッシー戻るの?」
「ああ。ここにおっても寝られへんしなあ」
「そう?じゃまたねー」
こっちを見いひん跡部と手を振るジローを背に部室を出れば、またお祭り騒ぎとなっとる世界が広がる。
鳴り響く金槌の音、女子の黄色い声、ワイワイ騒ぐ男子の声、それを制する教師の声…
この騒ぎからも自分の気持ちからも逃げることは出来ひん。そう決意した時、自分の中で何かが変わったような気がした。
ちまちま教室の飾りを作り、ちまちま会場を設営し、部活を終えた帰り道。
色んなところを走り回ったであろう彼女の姿があったが、その隣には笹川の姿があって接触は控えた。一定の距離を保ちながら。
「調理部との交渉は成立。近所のスーパーとの交渉も成立したわ」
「さっすが祐希ちゃん!と……跡部」
「そうね。スーパーの交渉は跡部にさせて良かったわ」
と、会話内容だだ漏れや。
てか天下の跡部様を交渉に向かわせるとかどうやねん。やり口きったないしエゲツないわ。
「後は当日のおにぎり次第ね」
「う、うん…」
「具材に関しても交渉は完璧よ。集客・売上共に圧勝ね」
……守銭奴・笹川は伊達やないなあ。その売上でどんだけ盛大な打ち上げするつもりなんやろか。
ノリノリやて聞いてはおったけどあの跡部も説き伏せて、教師も説き伏せて…将来大物になる予感しかせえへん。その横で苦笑いするしかないゆいも大変やんな。けど発案者はゆいやからしゃーないけど。
「最後の仕事は話題作りとチラシ作りね。ここは私に任せてちょうだい」
「う、うん」
「プリンター使用の許可も貰ってるし、ポップ作らなきゃ」
……ほんまに凄いキャリアウーマンになりそうやわ。
「じゃ、また明日も頑張ろうね!」
「イエッサー」
手を振る笹川に対して敬礼してるゆい。器量の差っちゅうか、何や色々上下差を感じるわ。
凛とした背中に対して哀愁を漂わせる背中を見つつ、ある程度の場所でゆいに近付けば何度も何度も溜め息を吐いとる。それじゃ疲れはとれへんのに。
「そっちの参謀はエゲツないなあ」
「うおっ!」
……前から思うててんけど、あんま可愛くないねん。その反応。
発せられる擬音が何かこう、ズレとる気がするんは俺の気の所為やろか。
「おもろそうやってんから話勝手に聞かせてもろたわ」
「今の、内部機密情報なんですけど」
「人に言うたりせんから安心しい」
随分とグッタリした様子のゆいは、それなりに俺を信頼してくれとるらしく口止めっちゅう口止めはせんくって、その代わりに「ちょっと聞いて下さいよおしたりいいいい!」から始まる愚痴を零し始めた。
跡部VS笹川の戦い、勝てないと踏んだ跡部からのゆいに対する攻撃、それを許さない笹川の反撃の内容を事細かに話された。
それから例の交渉秘話。笹川のキレた頭と跡部のお色気と権力による交渉術で短期決戦で済んだとか。ちゅうか、跡部のお色気て…怖いわ。
「ほんま気合いの入り方がちゃうなあ」
「うん…ああなった祐希ちゃんは誰にも止められないよ」
「俺、同じクラスやなくて良かったわ」
「そうだね。もし、跡部じゃなくて忍足が餌食になってたらそれこそ大変だよ」
そうか?言うたかて俺にも拒否権は存在するで。
「忍足優しいから…ブロマイドから写真集から自費出版とかになってそう」
さすがに無いわ。全力でお断りするわ。
「いやいや、祐希ちゃんの眼力凄いよ?弱みを見つけるのも早い早い」
「……跡部はどんな弱みを、」
「え?」
「いや、何でもあれへん」
ちょっとだけ同情するわ跡部。けったくそに思うてすまん。
色んなことを話しながら帰る道はいつだって自然で何の気兼ねもいらんと流れてく。
会話が途切れることはなく話題を探すこともなく自然に、過ぎてく。
これを終わらせたいわけではあれへんけど、終わってくのは困るし嫌や。せやから潮時や。
「無事に終わるといいけどなあ」
色んな危険予測をしつつまた大きな溜め息を吐くゆいに「せやね」とだけ返事をした。
無事に終わる時、俺らはどう変わってまうんやろ。そんなことを考えながら。
2015.09.29.
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