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さやかと杏子

 微睡みすら気付かなかった。崩れ落ちるみたいにガクンと支えを失ったさやかに心臓が止まる勢いで驚いたけれど、最近は無茶してるみたいでよくあることだから初めてのときよりは冷静に対応できた。対処できないのはむしろこのあと。深い眠りに誘われたこいつは、起きているときとは別人みたいな幸せそうな顔で、幼馴染みの名前を半分含んだあたしの名前を呼ぶ。「杏子、杏子」って馬鹿そうな緩みきった寝顔で。さやかがホントに呼びたいのはあたしじゃないだろ。好きな奴の名前くらいちゃんと呼んでやれよ。あたしにヤキモチ飛ばされちゃたまったもんじゃねーからな。
ほら、まただ。耳に心地いい柔らかい声が鼓膜をくすぐる。早く止めろ、起きろってば。必死な叫びが聞こえないのもそのはず、あたしは叫んでないし、さやかを夢から連れ戻す気だってない。まだあたしの名前を聞いていたい。そうしてそっと声を殺す。本音は喉元で塞き止められる。馬鹿はどっちだよ。
きっとあの幼馴染みだって、こんな優しい声で名前呼ばれてお見舞いに来てくれて、暇な入院生活の気晴らしになってくれているこいつが好きなんだって、連絡がなかったのなんてきっとたまたま連絡つかなかったとかそんな少しの入れ違いだろ。ボタンの掛け違いなんてすぐ外しちゃえば問題ないだろ。
だから、そんなあたしばっか呼ぶなよ。もっともっと好きになる。諦めきれなくなったらどうしてくれるつもりだよ。
「責任、とれよ」
うわあ、ばっかでぇ。あたしってほんとばか。責任って、なんだよ。あたしまだ何もされてないですし!別にさやかのせいで悩んでるんじゃないですし!責任とかいきなり嫁入り前の娘みたいなこと言ってんの。ばかなの、しぬの?
「………っく、ふふっ」
「あ、てめっ、起きてたのか!?」
笑い堪えてやがる。このやろう、あとで絞めてやる。
「いつから起きてた?」
「大丈夫だよ杏子、責任くらいとってやるからさ」
だからいつから起きてたんだよ!?
その言葉は、さやかに塞がれて出てくることはなかった。
唇に柔らかい温かい感触と、少ししょっぱい味。そうだった、糸が切れたみたいに眠りに就く直前まで、こいつ一人で泣いてたっけ。あたしの顔見た途端に急に寝やがって、安心してくれてるのか、油断しきってるのか。

「なんかごめんね杏子。急に寝ちゃったたよねあたし」
「一応覚えてんだ?」
「急に来ちゃってね」

眠気が?悲しみが?
たぶん両方だろうな。
こいつが一人でめそめそしてんのは知ってるんだけど、あたしが姿を見せると無理矢理にでも涙を引っ込めるんだ。友達じゃなかった?あたしたち。隠して欲しくないんだよね、そんなところは。
いや、そんなところだからこそ。
まだ我慢してるうちは無理だろうな。ま、そのうちな。そのうちきっとあたしにすがって涙とか鼻水でぐちゃぐちゃのみっともない顔も見せてくれるようになればいいさ

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