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さやかと杏子

 沢山沢山希望を願った。数えきれないくらい絶望した。最後の最後に残った親友を突き放したあたしはこの世界のどこを探しても見つからない大ばかだ。たった一人は重すぎた。ばかなあたし一人で考えたのが間違いだったんだ。もうごめんねも、さよならも、ありがとうだって言えないよ。彼に抱き締めて、キスして、愛してるって言えない身体になったときにどうして気付かなかったのかな。過ぎてからはどうにもならないって知ってたはずなのに。彼と上手くいったあの子を道連れなんて選択肢もあったけれど、きっと彼はあたしを恨んで、憎んで、一生あたしを呪うんだ。そんなの耐えられないよ。たとえ世界から消えていたとしても。
だから、あたしは泡になって消えるんだ。誰にも見付けられずに、誰にも知られずに、誰も犠牲にせずに、大好きだった彼には素敵なお姫さまを残して、あたしは黒い底なしの海へ身を投げた。ただあたしだけがそっと、初めからいなかったみたいに消えられたら。マミさんみたいに死体も残さずいなくなれれば。きっとまどかはあたしを探す。あの子は優しい子だから、冷たく突き放したってきっと探してくれる。自惚れもいいところだけれど、あたしの知ってるまどかならそうする。でも、見つからないよ。違う世界で息絶えて、絶対見つからない。死体も見せずにあの子の前からいなくなれるの。もうあたしのために泣くこともなくなるよ。
「それは違うだろ?自惚れも勘違いも、いいとこだな」
一人で出した結果は結局一人ぼっちで世界とさよならするはずだったのに。どうしてついてきちゃうかな。あんたも相当なお人好しでばかだよ、杏子。
「で、あんたは何で泣いてんの」
「泣いてないよ、ばかさやか」
「ばかにばかって言われたくないんだけど」
「うるさいばか、ばかさやか!」
勝手についてきたと思ったら泣き止まないし、どうして泣いてるのかもわからない。聞いても答えは「ばか」だって。あたしは泣くにも渇ききって、干からびちゃってなにも出ないよ。だから代わりに泣いてるの?袖が涙でぐしょぐしょになるくらい、拭って拭ってまた睨んで、「ばか」ってそれもう何回目よ。いつもの憎まれ口はどこに忘れてきたのよ。調子狂うから早く憎たらしいあんたを見せてよ。そしてここはあたしたちの世界だって安心させてよ。
「違う、違う、さやか…ここはもう」
あたしたちの知ってる世界じゃないよ。そう言ってあたしを抱き締めた。加減を知らない抱擁は苦しくて、心なんて休まったもんじゃないけれど、相変わらずの減らず口で言葉の雨が降り注ぐ。傘なんて用意するタイプじゃないから案の定、浴びるように受け止めた。やっと調子、戻ってきたね。
「でも一人じゃない、あたしが一緒にいてやるよ」
リアルな感触はあるのに、この世界は死んでいるんだって。全然意味がわからない。あの子のところへも帰れなくなってしまったのが惜しいけれど、どうしてだろう、不安はない。

 急遽開演したオーケストラは、たった3人の観衆しか集められないままに終焉した。背を向けたまま絶対に振り向いてはくれない閉幕の余韻に浸る指揮者が、悔しがるくらいのとびきりの笑顔は杏子に手向ける。少し戸惑いがちに、酷い泣き顔で微笑んだ杏子を、さっきのお返しにちょっと乱暴に腕に力を込めて包み込んだ。痛い痛い、なんて声は届いてもスルー。離したくないし、離す気もない。暖かいという錯覚と幻覚と、武器も気丈も殺気も全部捨てた、ただの女の子になった杏子がいれば、もう何を望んでも仕方がない。一人ぼっちじゃないなんて、名作の最後にはやっぱり救いがあったんだね。

 溢れる涙は止めどなく、無制限に、無尽蔵に。たちまちそれは甘い海になった。
 あたしは泡になれなかった。

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