タイムセールの時間をとうに過ぎたスーパーで手に入れた材料を片手に急ぎ足で自宅へ向かう。玄関を閉め、台所へビニール袋を置くのと同時に結崎へ家に着いたと連絡。返信を待つ時間も惜しいため準備に取り掛かった。前日に『お前の手料理が食べたいな』という突然のリクエストを頂戴してしまったせいで、雑然としていた部屋を片付け、更にいつぞやの筑前煮どうのこうの発言を思い出し、母親に作り方を訊くはめになった。朝から筑前煮のために電話を掛けてくる娘は一体どう思われただろうか。 スマホの通知を確認すれば、『もう家なのかよ!迎えに行ったのに!』としょんぼりしたスタンプが送られてきた。そんなこと言ったって、彼を料理してる間待たせるのもなんだか悪いような気がするし。落ち着かないだろうし、主に私が。 〇 〇 〇 「いや~美味かった!ご馳走様!」 箸を置いた彼の満足そうな表情に胸を撫で下ろす。初めてにしてはまずまずの出来だったと思う。そして、どうやら手料理が二つ目のプレゼントということらしい。食器を片付けつつ、ふと彼に視線を移せば、ぐるぐると部屋を見回していた。そんなに見ても面白いことなんてないのに。 一人分空けた隣に腰を下ろして缶チューハイを差し出す。受け取る彼の手を見ながら、脳内で『これが三つ目かな』と考えていた。それは本人も同じだったらしい。彼の整った口元が綺麗な弧を描き、四つ目はどうしようか、と問われてもこれ以上大したものは差し出せない。冷蔵庫で冷やされているチューハイで良ければあと2,3本あるけれど。 彼がどうしてプレゼントと称していくつも請求してくるのかは未だ分からず仕舞いだ。正直こんなものでいいのかと思うものばかりだし、これからあと何個差し出せばいいのかもわからない。しかし私はこの状況に不安を感じるどころか、終わりが来ないで欲しいと願っている。私と彼を繋ぐ口実になるのなら、毎日だってプレゼントを届けられる。私のことは一生忘れられないだろう。ああ、なんかプレゼントめっちゃくれてた奴いたなあって死に際にでも思い返してくれればそれでいい。それがいい。 きっと、私と彼の平行線は永遠に交わらないんだろうなあ。私達の線はどこまで近付けてるのだろう。触れることがなくとも、お互いが見える範囲にずっとい続けられたらいいのに。そう、触れることがなくても。 固い手のひらがわたしの缶を持つ手に重ねられたことに驚き、離れようとするも動かせない。缶が歪み、苦しむ声を上げる。今度はその手を乱暴に引かれた。チューハイが零れお互いの腕を伝い、服にも床にも染みを作っていく。 「なあ」 何とも感情の読み取れない声だった。見つめていた染みから結崎に目線を向けると、触れるか触れないかの距離。近い。恥ずかしい。かっこいい。離れたい。いや、嘘、離れたくない。ねえこの距離詰めていいの?詰めてくれるの?控えめに呼吸をしようとしたら苦しい。熱い息はわたしか結崎か。 「ゆ、結崎……酔って、る?」 「ん?俺がこれくらいのアルコールで酔うかどうかはお前がよく知ってるんじゃないか?」 わかってる、けど確認したかった。だって、お酒の勢いじゃないなら、それじゃあこれはつまり? ベタベタになったチューハイと手が再び引かれ、行き先をただただ眺めることしか出来ない。ゆっくりと結崎の口元に近づき、軽い音を立てて唇と舌が撫でていく。 「期待した?」 「………………してる」 「進行形なんだ?じゃあご期待に応えないとな」 「結崎、あのね、わたし、結崎のこと」 「知ってる。俺これでも耐えた方だぜ。プレゼント四つ目、お前だけどいいよな」 唇が触れる寸前の「好きだよ」に返す言葉は声にならないままだけど、伝わっただろうか。あとでいくらでもくれてやる。だってプレゼントはまだ四つ目。足りないでしょ。 睫毛をさわりあえるほど僕らは親しいらしい 生まれてきてくれてありがとう 9/13 千里 |