「ちょ、ちょっと速いよ…!待って梨本君!!」
「ん?まあ、いいからいいからー」
修学旅行で陽日先生の「自由行動開始!かいさーん!」の一声によって生徒達が一斉に動き始めた。さて、私も!と思った瞬間に引かれた手。その彼は人混みの間隙を器用に縫って走る。
「そんなに急いでどうしたの…?」
「せっかくの修学旅行じゃんか!一緒に回ろうと思ってよー。粟田とかに見つかると引っ付いて来そうだから混んでるうちにさっさと行こうってわけだよ」
終始楽しそうに笑う彼に私も笑みが溢れた。手を握り返してみると彼は少し振り返って笑い、走るのを止めて歩いた。
「どこに行くの?」
「アイス屋がこのへんにあるらしい」
「下調べ?」
「もちろん。俺計画性ばっちりだからさ」
「ハンカチ洗わない人がよく言うねー」
「う…それは言わないでくれ…」
アイス屋で私達が注文したころ、錫也から“どこにいる?”とメールが来たので梨本君といることを伝えると“楽しんできな”と返信が来た。やっぱり錫也は最高の理解者だと思う。
「ね、次はどこ行く?」
「あの店でも入るか?」
そう言って彼が指差したのは可愛い雑貨屋だった。女の子が何人も出入りしている。
「入りづらくない?」
「なんで?ほら行こうぜ」
お店の中は物凄く私の好みに合うものばかりで、いつの間にか夢中になってしまっていた。しまった、と思って梨本君を探すと何かを手に取り眺めていた。後ろから顔を覗かせるとその手には、
「飴…?」
「おう。美味そう、てか可愛いだろ?」
「梨本君てこういう趣味なの?」
「そういうわけじゃねーけど…。お前こういうの好きそうだし。ほれ」
私が買おうと手に持っていたものをさっと奪うと、彼はレジへと向かい会計を済ませてしまった。
「梨本君…ありがとう」
「いいっていいって!」
それから、他愛のない話をしていたけれど、ふと会話が途切れて無言が続く。
(二人で歩くのなんて初めてだし…珍しく梨本君黙っちゃうし…!)
私と彼の手がちょうど触れない距離ですれ違うのを少し寂しく思いながら歩く。
「名字」
「なに…んぐ」
名前を呼ばれて顔を上げると口に飴を入れられた。近くなった距離に恥ずかしくなって顔をすぐに背けてしまった。
「名字」
手を引かれ振り返らされると、視界に影が差した。キスをされたと気付くのに時間はかからなかった。真っ赤に顔を火照らせたまま固まっていると、彼も少し赤くなって笑っていた。
その時ようやく飴の味を認識した。この味は、
「ファーストキスはレモン味?」
「……そうみたい」
―二人、初めて、キス―
(ベタだけどとびきり甘いの)