! 梨月
馬鹿というか、まあ、当たり前というか。若い女教師がいたら集り出すのが高校男子というもんで。そんな奴らを見て若いなあ、と苦笑を浮かべつつ夜久に猛アタック中のその頭に日誌を当ててやった。「あでっ」垂直にヒット。痛いよなあ。わざと。
「なにすんですか。梨本せんせ」
「夜久困ってんだろーが」
ほれ散った散ったーと日誌をばたつかせて追い払うも、向こうは引き下がるつもりは無いらしく代わりに夜久に何処かへ行くように促した。
「あ、ありがとう、梨本くん」
「おー」
若い、若いわ。まだ真っ直ぐな感情しか知らないんだろう。そんなんじゃあ、まだ大人になんかなれない。夜久の視界になんて入らない。
「いっつも梨本せんせーが邪魔するから夜久せんせーに逃げられるんですけどー」
「あほか。夜久はお前なんか相手にしないっつの」
「なんすかその断言…。てかそんなん言うってことは夜久せんせって梨本せんせーと」
「ちげーよ」
自分でも冷たい、感情のない声が出たと思う。へらへらしていたこいつの表情も固まる。俺じゃない。もう一度否定した。吐いたはずの言葉が胃に沈んでいく感じがした。夜久には直獅がいる。生半可な覚悟じゃないことは俺が、俺らがよくわかってる。教師を好きになるってことはな、大変なんて言葉じゃ済まないんだよ。あいつの見ている先には直獅しかいない。お前どころか俺だって眼中にないんだ。酷だった。割り切るのに時間はそれなりにかかったさ。足掻いてどうにかなる問題じゃないって、初めから知ってたはずなのに。なあ、こんな思いなんか誰にもしないで欲しいんだ。知らないで欲しいんだ。追いかけても追いかけても手が届かない。目的地はひとつ、向かう先に待ってる人がいる夜久は誰よりも速く進んでいった。小さくなる背中に焦って足がもつれて転んだのは俺だよ。起き上がったときには夜久を見失っていて、正しいのかわからないまま進む俺は不安でしょうがないんだぜ。
「夜久には、」
もし進んだ先に夜久が倒れてたりしたら、俺は、俺は
「幸せになってもらわないと困るんだ」
世界はきっと君に微笑んでくれる
(せんせ、泣きそうですよ)
title:ポケットに拳銃