朝、目が覚めると、いつもなら隣で寝息を立てている筈の彼が居なかった。時計の針が示すのは七時半。休日に彼が起きるのは早くても八時半だ。こんな早くから出掛ける予定は聞いていない。寝ぼけたままの体をゆっくりと起こし、欠伸を一つするとベットから足を降ろした。
リビングへのドアをそっと開くと、ソファーに腰掛け新聞を読む彼の姿。その手にはマグカップが握られている。更に傍らには彼が作ったであろうトーストが置かれている。彼は私に気づかず立ち上がり、トイレへ向かった。
私は違和感に似た不思議な気持ちでいっぱいだった。だっておかしいもの。彼が出たのを見計らってトイレへ向かい、そして洗面台を確認するとそのままリビングへ。
「あ、おはよーさん」
「おはよ。早いね」
「なんだか目ー覚めてさ」
そう言ってはにかむ顔はなんだかいつもと違って見えた。いや、顔だけじゃなくて纏う雰囲気も。
「スリッパ」
「ん?」
「トイレのスリッパが、いつも逆に脱いで出るのにさっきはちゃんとしてあったの」
「あー」
「洗顔クリームだっていつも使いっぱなしなのに元の場所に戻してあるし、いつもはトーストですら私に頼んで自分じゃやらないのに」
「…ん」
「今日の拓矢なんか違うよ。どうして」
彼の目線は新聞だけど、新聞を読んでる訳じゃなく、ただ視線を伏せているだけだ。気まずそうに新聞紙を指で擦る音が響く。
「俺さ」
唐突に彼は話し出す。
「あれこれお前に小言とか言われるのが好きだったんだ。なんか、夫婦…みたいでさ」
「え…」
「だからわざとそういう風にしてた。お前が嫁になったみたいで、それだけで幸せで」
新聞から手を離し、行き場の無くなったその手は彼の頭の後ろへ。彼は照れたときはいつもこの仕草をする。おかげで顔が見えなくなる。私の顔は嫌と言っても見てくるくせに。
「…っていうただの俺の自己満足なんだけど」
「…ずるい」
「え?」
「拓矢だけずるいよ。自分だけ夫婦になった気分で」
「わ、悪かったよ」
「私にも結婚生活味わいたいよ」
「え、ちょ」
「気分、なんかじゃなくて本物の結婚生活。味あわせてよ」
彼が制止のために立ち上がったのも間に合わず、私の口は言葉を言い切ってしまった。
「なんでお前が言うかなー…」
「だって…拓矢が言わせたんじゃない」」
俺が今日言おうとしてたのに、と困ったように眉を下げて笑う。苦笑に見えるけど、実は嬉しいときだって知ってる。
「…またスリッパ逆に脱いでやるからな」
「そうしたらまた私が直せーって言ってあげるよ」
「こりゃ口うるさい嫁さんだな」
「ほんとにお嫁さんにしてくれるの?」
「俺ばっかじゃずるいんだろ?」
「……ふふ」
「名前」
「なに?」
「キスしていい?」
「…いいよ」
キラキラと朝日が差し込み、私達は愛を誓った。
―愛を一生分―
(死ぬまで幸せにして)
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描写力欲しいですー!