「え、あ、お、お前は帰らない、のか?」
「帰らないよ。だって、あんな家…」
シュウはスカートの裾をぎゅっと持ちながら少し震えた声で言った。
家族と喧嘩でもしたのだろうか。聞くに聞けなくて俺はシュウが喋るのを待つ。
「色々あるんだ…今は話せないけど、いずれは」
「そうか…だが、年に二回しかない帰省なのに帰らなければ、やはり親は心配するだろう?」
「そうだけど、僕妹がいるから妹のために帰省したい…でもやっぱり帰りたくないんだよ。だから毎回学校に残ってる」
「一人で、か?」
「そうだよ。カイも木屋も、みんな帰るからね。みんながいない一週間、僕はエンシャント女学院を守っているのさ」
ふわりと通り抜けた風がシュウの髪の毛を揺らす。かすかに香るシャンプーの匂いがほんのり伝わってきた。
シュウは何故こんなにも帰省を拒むのだろうか。彼女の横顔を盗み見ると、物憂げな表情をしていた。
「…なら、俺の家に来る、か?」
何を言っているんだと思った。しかし、意思とは別に口は勝手に言葉を吐き出す。
シュウは大きな眼を丸くしてポカンとしていたが、すぐにハッとなって、そして少しだけ顔を赤くした。
別に、変な意味ではないのだが。勘違い、されたのだろうか?
「な、何言ってるのさキミは!そ、そんなことバレたら、僕たち…」
「そ、そうだったな…すまない」
「いや、いいんだ。そう言ってもらえて…すごく、嬉しい…」
「………」
「先生にバレるのは怖くないけど、カイにバレたら…あー…あー…白竜…」
頭を抱えながら白竜、白竜、と何度も俺の名前を呼んでいる。それですら心が弾む出来事だった。
帰省の日はもう目の前で。考える時間も残り少ない。俺が、俺たちが生徒会長ではなく普通の生徒だったら四の五の言わず一緒に帰省も出来ただろう。いや、彼女とは異性であり恋人でもない。ああ。俺の勝手な妄想が混じっているのか…。
「今回もまた、一人で残るよ…白竜、僕のこと忘れないでね」
「シュウ…なんだそれは」
「ふふ。なんとなく」
「それよりも、もうこんな時間だが帰らなくていいのか?」
「あーー!やばいよ!ありがとう白竜!またねっ!!」
ものすごいスピードで森の中を走っていくシュウの後ろ姿を追って、小さく手を振った。日に照らされる彼女の笑顔が眩しくて、これが確実に恋だとわかるのはまだ先の話。