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『………私ね、』


少しだけ沈黙ができた時、唐突に切り出したのは亜希だった


『私はね、逃げたの。誰が何と言おうと、私は逃げた。戦うことも、抗うこともやめて……全てから私は…』


その言葉に一護は表情を歪ませるが、何も言わない


『……家では過保護すぎる母親と厳しすぎる父親がいたから、気が抜ける時なんてなかった。あの人たちは、お姉ちゃんを"要らない子"だと切り捨てた…大手企業に勤める父、綺麗な母、かわいらしい"一人娘"……近所の人から向けられる視線で、息がつまりそうだった』


強くなんて、なれなかった


『私、一人じゃ何もできないの。おかしいと分かっていても、両親に反抗することさえできない……そんな弱い私だから、あの子も私を狙ったんだろうね』


自分に自信が持てない、顔色を窺ってばかりの弱い人――それが私、"佐藤亜希"だった


『…学校もね、本当は凄く辛かったの。何で私が、って思いながらも、でも何も言えないからずっと耐えてた。みんなが私を見る目が変わっていくのを、ただ呆然と見てた……あっという間に一人ぼっちになっちゃった…うぅん、本当はずっと一人ぼっちだったんだろうね』


トモダチになるんじゃなかった、そう泣きそうな顔で言われたことを思い出す

彼女を追いつめたのもまた、自分を含めた"大勢の人間"なのだろう

苦しくて逃げ出したくて泣きたかったのは、きっと彼女も……織姫も同じだったはずだ


「………亜希は一人じゃない、でしょ…?私がいる」


『お姉ちゃん…』


泣きそうな顔でぎこちない笑みを浮かべるも、ゆっくりと首を振る


『……私は、一人で立たないといけないの、きっと』


すがりつきそうになるのをこらえ、そっとぬくもりを手放す

ここまで追い詰めたのは、他でもない自分自身であることは明白だった

外的要因も確かにあるが、それでも最終的には……


『……自分の意思で、動かなきゃいけないの…』


織姫に身に覚えのないこと言われても、違うと心の中で叫びながらも声には出なかった

かつての友達に悪意を向けられても、弁明することなくただ逃げた

姉と離ればなれになった時ですら、私はただ泣くだけで探そうともしなかった

最初から諦めてばかりいた、弱くて脆くて……愚かな私


『お姉ちゃんたちに頼ってばかりいたら、私いつまでも弱いままだから…』


自分が"弱い"ことはこれまでの出来事で悟らざるを得なかった

弱いからこそ、差し出された手に依存してしまうだろうことも

だから、姉の手を拒んだ

……拒まざるを得なかった

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