89 オハラ
西の海にあった、小さな島"カディア"
特徴も特にない、静かな島だった
追われる立場の私達を受け入れてくれた、心優しい人達ばかりだった
それが、たった一夜で火の海へと変貌した
"カディア"での生存者は――この私、ただ一人
母も含め、島民も皆――死んでしまった
母親の最後の執念とも言える力で生かされた私が辿りついたのは、"オハラ"だった
オハラ絶望だった
脳裏に浮かび上がるのは母の最期の笑顔
大怪我を負いながらも、最後の最後で自分をあの人たちから逃がしてくれた、大好きな母…ユリア
辛い放浪生活だったのに、笑顔を絶やしたことがなかった強くて優しい母親
その母を、私は永遠にうしなった
『――――っ…』
久しぶりに感じる砂の感触
指先に力を込めれば、僅かにそれを掴むことができ、今自分がいる場所が陸地だということを理解する
ゆっくりと、瞳をあける
『……ここは…?』
目に見える光景からだけではこの島がどこなのか判断ができない
血を失いすぎて揺れる視界の中、必死に目を見開いて状況を判断しようとしていたアリスの耳が、近づいてくる小さな足音を拾った
もしその相手が海軍だったら、もう自分は終わりだ。せっかく母が救ってくれた命だが、これだけの傷を負った状態では何もできない
「………大丈夫?」
だが、不思議そうにアリスに話しかけたのは、海軍の兵士ではなかった
黒髪の、まだ幼い…自分と同じくらいの年頃の少女が、首を傾げて見下ろしていた
―――これは今から21年前、アリスが9歳の時の出来事だった
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