悲しき詩 | ナノ




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―――いたい


『…っ、』


目が覚めた愛結は全身を襲う激しい痛みに小さく声が漏れる

記憶は若干曖昧だが、アタシが簡単な応急処置で上着を使ったことを思い出し、感じた肌寒さの理由を知る

白いシャツは血で紅く染められ、乾くことなく張り付いているため気持ち悪いが仕方がないだろう


「目ェ覚めたか」


起き上がろうとした愛結は、突然近いところから聞こえてきた声にそのままピタリと固まる


「起きたのは分かってんだから狸寝入りはやめろ」


まさに狸寝入りをしようとしていた愛結は誤魔化すのを諦めざるを得ない

ゆっくりと上半身を起こし、恐る恐るその人物を見る


『……どうしてここに…クロス元帥』


「師匠と呼べと言ってるだろ」


『…1ヶ月程度で私を置いていった人を、師匠と呼ぶのは些か無理があるんじゃないですか…』


嫌味を言うも全く気にする様子もなく、煙草を吸うクロスをじとーっと見つめるも効果はなさそうだ

無理すんなと乱雑な口調とは裏腹の優しい手つきによって再び背中をソファに預けた愛結は気だるそうに瞬きをしながら、ソファに腰かけたままのクロスを見上げる


『終わった、んですか…?全部……』


「まぁな。馬鹿弟子がお前の代わりにやったさ」


『そう…よかった……』


今、このピアノ部屋にはクロスと愛結の2人しかいない

アレンとリナリーは皆を迎えに行くと扉を開けて向かっており、まだ戻ってくる気配はない

2人しかいないから、2人だからこそ、愛結は素直に安堵の表情を浮かべることができた


『ほんとに、よかった…っ』


先程は憎まれ口をたたいていたが、愛結にとってクロスは"師匠"であり"頼っていい大人"だった

強がる必要がない、もっといえば甘えてもいい存在

涙声でよかったと呟く愛結の頭を撫でるクロスの手はどこか柔らかい

アレンには表立って甘やかすことはしないが、愛結には分かりやすくそれをしているは…彼女の本質を見抜いていたのかもしれない

アレンには"マナ"がいたが、愛結にはいなかった――たったそれだけの、だが大きな違い


「――髪、結ぶなって言ったこと、忘れたのか?」


『、なんで…っ』


不意打ちのように突然言われた言葉に誤魔化すこともできず動揺してしまう

別の空間の、自分と紅蓮しか知らない事実のはずなのに何故――

そんな愛結の腕をとり、無言でそれを目の前に突き付ける


『あ、』


いつもそこにあった、でも使われることがなかったゴムが、なくなっている

当然だ、紅蓮との戦いの時に使い、千切れてしまったのだから


――なんで気付くかなぁ


隠していたかった事実を、小さな変化から曝け出された感覚に愛結は苦笑を浮かべるしかなかった




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