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『…っ、』
斬られた感触に顔を歪める
"焦り"は剣先を鈍らせ――常人なら気付かない僅かなブレも、紅蓮の目にははっきりとその揺らぎが見えており、負う"傷"も増えた
いかなくては――どこに行くのかなんて考える余裕はなく、ただ"行かなくては"という想いだけが先行する
斬られては斬って、の繰り返しは永遠に続くかの錯覚に陥るが……物事に、"永遠"なんて存在しない
突きだされた宵夜を受け流した時に感じた、小さな痛み
『……!』
"僅かな切り傷"に、目を疑う
「キャパ超え、だなァ愛結?」
傷が表面化したということは、先送りできる傷の量が限界を超えたということ
以降は傷は蓄積されず、普通に傷として身体に残るだろう
絶体絶命――だが、何の根拠もないが愛結にはある確信があった
『――
切り裂くは、風の刃』
放たれた言葉は、小さな鎌鼬を生み出す
遠距離攻撃、それも短い言葉故力もそれ程込められていないそれは簡単に支配権を奪うことができたというのに――紅蓮は甘んじてそれを受けた
頬に小さな切り傷ができて…僅かに、血が流れた
「ははっ、条件は同じさ。俺もお前も、限界はとうに超えてる」
同じく許容量を超えた紅蓮は、余裕げな笑みを浮かべる
「こっからが本番か?溜めた傷だって余剰分はどんどん溢れてくる。コップから溢れた水のように、な」
コップに限界まで入れられた水は、少しの衝撃で容易く零れてしまう
溢れた"水"は――もう、コップの中に戻ることはできない
「
大気中の成分は水蒸気だ。酸素も窒素もいらねェ。集え、俺の意のままに。高濃度の水蒸気は水となり、それは対象者を包み、拘束し、鎖となり錘となる」
『っ、
水は、ッ!!』
言葉の意味を理解するのに一拍遅れ、反語をぶつけようとするもそれは水の牢獄の中で水の泡と化した
『(いき、が…っ)』
水に閉じ込められれば言葉も発することもできない
咄嗟に篝火を強く握り、その刀身から炎を生み出し、水と相殺させて何とか牢獄を壊す
『はぁ、はぁ…っ!』
息を整えようと荒い呼吸を繰り返していた時、急にぐらりと視界が歪んだ
『、な…、に……っ』
それと同時に強い眩暈と頭痛、倦怠感に襲われ耐え切れずにその場に座り込んでしまう
急に襲ったこの症状は恐らく、"副作用"だ……支配の能力を使い過ぎたことによる、反動
何とか起き上がろうと、篝火を杖代わりにして立ち上がることはできたが……依然として視界が酷く歪んでいる
視界が定まらないせいで、紅蓮の姿もよく見えない
「愛結」
――今、貴方はどんな表情で私を見ているの?
激しく痛むこめかみを手で押さえながら、愛結は近づいてくる紅蓮の表情を見ようと目を細める
目の前に立った彼の表情が、よく見えない
「 」
―――耳鳴りが酷くて、何も、聞こえない
『ぐ、……』
体を貫く衝撃に、愛結の声は音にならずに空気中に霧散した
。
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