129
ガキィンッ ガガガ――
閉ざされた世界で響くのは、鋼がぶつかり合う甲高い音
長閑で平和的だった光景は、今では見るも無残な傷痕を晒していた
『篝火』
感情の抜け落ちた、無感動な声で剣の名を呼べば、一層眩しく炎が瞬く
熱気で頬が火照るも、構うことなくそのまま"敵"に斬りかかる
ガァンッ、ガガガガッ
心を意図的に殺した愛結は一切の迷いもなく、"敵"を殺すために剣を振るう
目の前にいるのは"紅蓮"ではない、"殺すべき敵"だ
ブンっと大きく振り回された宵夜の下を掻い潜り、お返しとばかりに篝火を突きつける
「お、っと…」
心臓を狙うも躱され、剣先は脇腹の肉を抉る
普通なら立てなくなるであろう怪我にも関わらず、紅蓮は舌打ち一つこぼしただけですぐさま反撃態勢へとうつる
もちろん、傷口なんて存在しない
「
固き地は歪に与えし亀裂で崩れる脆き存在!亀裂は局所的、刺激は俺が与えよう…!」
早口で発せられた言葉の後、紅蓮は勢いよく宵夜を地面に突き刺す
その衝撃により地面は大きく亀裂が走り、それは徐々に大きくなりながらまっすぐ愛結へと向かっていく
『―――
母なる大地、育む豊穣の大地が弱いなどあり得ない。地は裂けず、脆くもならない。従ってこの"災害"は私に損害を与えない』
亀裂はピタリと、愛結のすぐ近くで止まる
支配の言葉は、言葉遊びのような面もある。言葉を選び、組合せ、最適な文に最適な言葉を当てはめる言葉遊び
――それは、想像以上に頭を酷使するものだった
他の独立した存在を支配し意のままに操るという行為は大きな反動を発言者に与える
傷の先送りを宣言していなかったら、もう2人とも立っていられないような頭痛により戦うことなんてできなかったはずだ
"先送り"という以上、負った傷は必ず戻ってくることを考えるとなるべく多用はしたくはないが…セーブして戦える程、相手は優しいモノではない
風通しのいい首元に風を感じながら、愛結はそのオッドアイで紅蓮を見据える
――ひたすら"傷"を与えていくしかない。許容量を超える程の傷を
『はぁ…っ!』
許容量が超えた傷は、"今"存在することができるのだから――何も考えず、ただ倒すために篝火を振るっていく
疲れも何も感じないから、その剣を振るうスピードが遅くなることはない
隙をつかれた一撃により肉を裂く感触、肩を斬られたことを察知するがそれを庇う素振りは見せず――むしろ好機だとばかりに、爪を変化させて勢いよく振るう
チラリと肩を見るが、服が破られているだけでもちろんかすり傷一つ見当たらない
――まだ、大丈夫。まだ"傷"は貯めていける
事務的にその事実を確認すると、距離を取っていた紅蓮に再び斬りかかった
がきん、と鋭い金属音が断続的に響き渡る
自分の限界をとっくに超えた、あり得ない斬り合いを演じながら感じるのは、"焦り"だった
――いかなくちゃいけない、はやく、いかなきゃ……
その強すぎる想いだけが、今の彼女を動かしている全てだった
。
[ 298/461 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]