悲しき詩 | ナノ




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「打つ手なし、か?」


砕かなければ、あの氷柱は自分に牙を向けただろう

"支配"の能力は、存在するモノに対する支配が基本だ。氷柱を言葉だけで意のままに操ろうとするならば、まず空気中の水分の支配権を奪い、それを温度を操り氷にして――など、非常に手間がかかる

実戦でそれだけの言葉を並べて戦うのは非常に現実的ではない

だが、愛結の青い瞳のイノセンスの力、変化によって生み出されたものなら話は別だ

少ない言葉で簡単に支配権を奪い取ることだってできる

紅蓮…否、言葉を操る憎悪と慈愛のノアの前に遠距離攻撃をするのは非常にリスキーであった

近距離戦、もしくは相手の言葉で奪われない程強固な言葉で守られたナニカを作り出すか……


『……』


篝火を持つ手に力が入る


「だったら次は俺のターンか?」


肌がピリつく程の殺気に飲まれぬよう、唇を強く噛みしめる


「――"夜は明けず、朝日は昇らない。闇で光は消され、輝くものなどどこにもない。凝縮されし闇は、宵夜の欠片となる"」


言葉の意味がすぐに理解できず、反語をぶつけることもできなかったが…宵夜の刀身が鈍く光ったところを見ると、剣の潜在能力の解放、といったところだろうか


『篝火…』


おまえは、どうする?

意志を問う意味を込めて名を呼べば、刀身が薄く炎を纏った

それはまるで、篝火が自分のことを認めてくれたかのような、安心感があった

言葉で縛られているから従っているのかと不安だったが…それは杞憂だったようだ


――きっとこの瞬間が、本当の意味で装備型イノセンス武器、篝火の適合者になったのだろう


腕1本の繋がりではなく、言葉での繋がりでもない…心と心の繋がりで


『…がんばろっか』


一度剣を地面に突き刺し、空いた両手で髪の毛を一つに纏めだす愛結

長い髪を邪魔にならないよう、きつくしばる様子をただ紅蓮は見ているだけで手を出そうとはしない

付き合いの長い紅蓮でさえ、愛結が髪を結んだ姿を見たのは片手で足りる程度しかなかった

結ばないのにも関わらず、いつも手首につけていた何の変哲もない真紅色のゴムは、ある意味で"洗脳"の道具だった

ポニーテールを結び終わり、彼女はゆっくりと篝火に手を触れる


「……あーあ。あんまり怪我させたくはなかったんだけどなァ」


一言も喋らない愛結に、紅蓮は面倒だとばかりにため息をついた

あの安物のゴムは、愛結にとって"スイッチ"だった

全ての雑念を捨て、ただ"敵"を倒すだけに特化した、狂戦士(バーサーカー)

そのスイッチを、愛結は髪を結ぶという行為によって無理やり切り替えられるようになっていた

倒すことだけしか見えていないため、周りが巻き込まれる可能性は大きく、彼女自身それを分かっているため滅多に髪を結ぶことはなかった

紅蓮自身、一度だけスイッチが入った状態の彼女と一緒に任務をこなしたが、アクマを凄い勢いで倒しきったかと思ったらいきなり襲いかかられ、必死にゴムを切ったことはよく覚えている


「かったりーなァ」


それは、愛結が自分の意思を捨ててでも本気で殺しに来るということで……軽い言葉を呟きながらも、紅蓮の顔から余裕の笑みは消えた


『――風よ。厚く何も通さぬ硬質な風の檻


風は縛られぬ。風は自由であり、檻は反する事象。反する言葉は発言者へと反転させよう


風が、悲鳴をあげた







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