悲しき詩 | ナノ




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「俺は"篝火"に選ばれたわけじゃねェ。繋がっていたのはこの右腕1本だけ…それも死んだ前の適合者の肉体ってだけ。だから俺は正確に言えば"適合者"じゃェんだよ」


腐り落ちず、自分の肉体と同化したのは"奇跡"なのか、"必然"なのか


「あの日…他人の腕を移植された俺はあのまま何とか逃げ切り、そのまま伯爵に拾われた。"家族"だって言われてな。なんのことか分からないはずなのに妙に納得したのは"憎悪のメモリー"が覚醒したからだろーな」


必死に力をつけた。奪われてばっかりだだった過去を捨て去る為に

時間を奪われ、自由を奪われ…自分の体さえも奪われた

記憶を失っていた愛結とは違う

奪われたという実感、己の弱さ、傷つけられたプライド――力を求めるには十分過ぎる"理由"ばかりだ


「コイツとはそん時からの付き合いだ。千年公に無理言って創ってもらってなァ。最初の数年はコレを自由に振り回せるように筋トレばっかりしてたっけ」


『紅蓮…』


「だから俺は、もう奪われるわけにはいかねェんだよ」


やる気があるのかと疑いたくなる程いい加減に宵夜を構えた紅蓮に、愛結はすぐさま篝火を構えた

流派や型など何もない、この型破りなこれこそが、紅蓮の構えだとよく分かっているから

ピシリと空気が張りつめる


「ルール無用。最後まで立ってたほうが勝ち」


『…シンプルでいいね』


やり直しは効かない一発勝負

色だけ違う大剣を向け合った2人の間に、もう言葉は必要ない

愛結は一度目を閉じ……ゆっくりと、開いた

黒と青の瞳で、紅蓮の目を見つめ―――


ガァァンッ


同時に、地面を蹴った


『はぁ…っ!』


渾身の力で振り下ろされた篝火を、難なく宵夜で受け止めた紅蓮は、ニヤリと笑みを浮かべている

しかし受け止められることは想定内である愛結はさして動揺することなく、ぱっと篝火から手を離して地に伏せ、その態勢で足払いをかける

完璧なタイミングで出されたそれだったが、紅蓮が宙にジャンプしたことで空振りとなる

チッと思わず舌打ちがこぼれるも、上から重力に従って落ちてきた篝火を受け止めるとそのまま距離を取った


「ははっ!!」


楽しげに紅蓮は笑う―――いや、本当に、心の底からこの殺し合いを楽しんでいる


『っ何、笑ってんのよ…!』


必死に怒りを押し殺し、瞳のイノセンスを発動させる

あまり集中しきれなかったせいか精度は良くないものの…それでも数秒の間に作り出した大量の氷柱が、紅蓮に向かって飛んでいく

全方位からのそれに、しかし紅蓮は動じることなく口を開く


風、障壁、丈夫な膜、通行不可。氷は俺には届かない


ピタリと止められた氷柱は、次の瞬間にはパリンと跡形もなく砕け散っていた


「なーんだ、残念」


『…っ』


砕いたのは、生み出したはずの愛結だった




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