悲しき詩 | ナノ




117 望まない戦い







「―――、一緒に逃げましょう!きっと逃げることだってできるから…!!」


長い黒髪を風に靡かせながら、女は必死に声を張り上げていた


「ねぇ、一緒に連れてって…今さら1人にしないでよっ!」


その叫びを一心に浴びている人間の顔は逆光によって影になっており判別することはできない

だが、男と女が浅からぬ仲であることは容易に察することができるだろう

男が困ったように笑うのを感じた


「嫌よ…私は絶対に嫌…」


我儘な女だと呆れられたって良かった

面倒な女だと蔑まれてもいいから、傍にいたかった

激情はそのまま涙となって頬を伝う


――何故、なんで、どうして!

――私は彼がいないと生きていくことなんてできないのに!!


ごめんと、男の口が謝罪の言葉を紡ぐ


「っそんな言葉聞きたくない!!私は、私は、そんな言葉…っ」


「アイラ…」


アイラと呼ばれた女は、男に抱きつき服を強く握りしめる


「私はあなたとだったらどんな危険だって厭わない!一人で安全な場所にいるくらいなら、例え危険であっても、あなたと一緒にいたいの!!」


どれだけ言葉を重ねても、どれだけ言い寄っても、男は首を縦に振ることはない

愛しげに、頬に流れる涙を優しく拭う


「もう、行かなきゃ…あの子が待ってる」


「いやっ…いやだ、ねぇ"  "、」


泣きながら名前を呼べば、最後だとばかりに男は強く抱きしめる


「―――愛してる、アイラ」


耳元で囁かれた言葉に、女は目を見開く


――今まで、そんな言葉言ってくれたこと、なかったのに


動かなくなったアイラに男は小さく笑うと、抱きしめていた腕をほどいて、彼女に背を向けた


「…うぅ…っ」


もう、その後ろ姿を見送ることしか、彼女にできることは残されていなかった

これが、最後となる、残酷な別離

一度も振り返ることなく去っていく男の背中が、涙で滲んでぼやける

途中で待っていたのだろう、彼と似ている"あの子"が合流して、遠ざかっていく

その小さくなっていく2つの背中を、アイラはただ、泣きながら見送ることしかできなかった――









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