悲しき詩 | ナノ




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「だったら、殺しなさいよ!手段を問わず、1秒でも早くあの人たちのところへ向かうべきじゃないの!?もう、迷ってる時間なんてないのに…!」


その表情は鬼気迫るといっても過言ではなく、愛結は言葉を失う

一体何故、彼女のほうが余裕を失っているのか……追いつめられているのはこちらであるはずなのに

その時――馬乗りになって見下ろす"アタシ"越しに見えていた暗闇が、突然揺らめいた


『……、雪…?』


はらはらと落ちてきているのは、雪に似たナニカ

暗闇を凝縮したかのような、黒いそれを横目に見た"アタシ"は忌々しげに顔を歪めた


「…雪なんてものじゃない。これは、"アナタ"の欠片」


落ちてくるのは、"私"が"私"であった記憶


「"アタシ"を拒絶したアナタが生み出した、歪(ひずみ)…積み重なった歪は耐え切れなくなって、崩れ落ちていく――アナタという人格を壊しながら」


うそだ、そう唇が小さく動くが声にならなかった


「嘘じゃない…これが最後よ、"愛結"。思い出して、全てを。アナタが拒絶してきた記憶を…!」


『お、もいだすって…だって、私はもう全部、思い出したのに…!』


ずっと忘れてきた記憶――両親に捨てられたことも、研究所での出来事も全部思い出した

これ以上何を忘れているというのか――なのに、"アタシ"はもどかしげに首を振る


「違う…っ、忘れてしまった、"アタシ"の記憶を、メモリーを!捨ててしまったアタシの記憶を…!」


黒い雪は、止むことなく降り続いている

空なんてないはずなのに――"上"が、明るい


「アナタのいた存在はどんどん消されていく…"アタシ"が浸食しているの…記憶を持たない、メモリーに支配されたノアが…!」


あれだけ黒しかなかった空間は既に半分を白に染めている

はらりと欠片がこぼれる度、心地よい睡魔が強くなっていく――眠ってしまったら二度と目覚めぬ睡魔が


「、ちょっと…寝たらダメ!!二度と起きられなくなるわよ!!」


"アタシ"の声が、どこか遠くから聞こえてくる

寝るなとばかりに体を揺さぶってくる"アタシ"を、重たい瞼をこじ開けてそっと見つめる

"私"が消えれば同時に"アタシ"という人格も消えて完全なノアとなってしまうのだろう――そんな絶対に避けなければならない事実すら、遠い出来事のように感じる程睡魔は大きなものになっていた


―――そりゃぁ、大っ嫌いだ。憎んでいるといっても過言ではない

私の身体を乗っ取って好き勝手やって、ツナを、みんなを傷つけた"アタシ"なんて受け入れるわけにはいかない

だけど、どこか似てて…この瞳を埋め込まれた時に置き去りにしてしまった幼い自分のようで――辛い出来事を全て押し付けて逃げてきた酷い"私"には、殺すことができなかった

孤独は酷く辛いものだ。でも、"私"には紅蓮がいてくれた。例えマヤカシだったかもしれないけれど…あの時、確かに傍にいてくれたのは紅蓮だった―――でも、"アタシ"には誰もいなかった


「待って、置いて行かないで…っ!起きて、寝ないで…っ!!」


記憶の欠片という名の雪が降り積もる

消えたくない、まだやらなきゃいけないことはたくさんあって、こんなところで消えてなくなることなんてできない

だけど……視界のほぼ全てを白に浸食された今、もう指一本動かすことすらできなくなっていた

おいていかないで、そう零した"アタシ"は泣いていて…くしゃくしゃな自分の顔に少し面白くて顔を歪める


『―――ご、めん、ね』


―――今までずっと、一人ぼっちにさせてごめんね


その言葉を言うのが限界で――"私"の意識はそこで完全に途切れた




「……、」


それとほぼ同時に、驚いたように目を見開いた"アタシ"の姿が掻き消えたことは、私には知る由もなかった







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