悲しき詩 | ナノ




114 灰色の存在




ガツゥン、ガガガ――


『っく、…』


「ハハ、流石はイノセンスってところかしらね?」


肩で息している愛結とは対照的に"アタシ"は余裕げな笑みを崩さない

どれだけ時間が経過しているのか判断できないが…決して短くはない時間、意識を集中し続けるのは容易いことではない


『うる、さい!』


武器化した爪で斬りつけるも、衝動的なそれは剣にあっさり受け止められる


「一応言っておくけど、この世界での死はそのままアナタという自我の消滅を意味するからね?」


『一々煩い…!』


ざわり、ざわりと闇が揺れる

ここで自分が死ねばこの暗闇と同じ存在となってしまうことぐらい想定内だ

瞬間火力には自信ある分どうしても継戦能力には欠ける愛結にとって、戦いが長引けば長引く程不利になっていく

能力差はそこまで大きな差はないことは先程までの小競り合いで判断できた

映像が途絶えてしまった今、アレンらがどんな状況になっているのか……焦りを落ち着かせようと、深く深呼吸する


「だったらいつまで様子見をするつもりなの?手加減して勝てる相手じゃないの、分かってるでしょ?」


笑みを浮かべ、わざとらしく首を傾ける"アタシ"を愛結は睨みつける

この世界に地面とか壁などという概念はないらしく、いくら動き回っても何かに当たるということはない

今こうして立っているがそれは"地面"ではなく、ただ立っている…そんな不思議な場所

舌打ち一つこぼすと、自分と同じ顔で笑う女に爪を振り下ろす


「本気で、全力で、死ぬ気で殺しにこないと、間に合わないよ?」


それは寸前で避けられ、お返しとばかりに突きだされた剣を空いていた手で受け止める

そう、殺せばいいのだ

相手も殺しにきているのだから、こちらも殺されないように先に殺せばいい

悪魔だと言われようとアクマを壊してきたように、割り切って殺してしまえばいい――そう理解はしているのに、幼い姿で泣いていた光景が頭から離れてくれず、手元がぶれる

孤独な、求めることに疲れ切った目

売られたあの日、見送った両親の背中が脳裏に浮かんでは消えていく


『くそ…っ』


すてないで、そう言いたかったけど言えなかったあの日の自分

一度も振り返ることなく小さくなっていく両親の背中が、何故今さら私を苦しめるのだろうか?


「どうしたの?戦うのが怖いの?いつもみたいに切り捨てればいいじゃない、家族の前でアクマを斬ってきたみたいにさ!」


ガキィンッ


『っ、』


「受け入れられないというのなら拒みなさいよ!中途半端なそれが、一番残酷なのよ…!!」


『うるさいっ!!私は、私はアンタを殺して、ここから出ていくんだから!!』


「―――だったら!!」


突然声を荒げた"アタシ"に不意をつかれ、剣先を避けようとした体は態勢を崩す

地面に倒れこんだ愛結が起き上がろうとするよりも先に、喉元に剣が突き付けられた




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