悲しき詩 | ナノ
106
―――暗くて冷たい、闇の中
"私"がいたのは、そんな上下左右どこ見ても"黒"しか存在しない世界だった
酷く殺風景な場所だが、不思議と嫌ではなかった
だが……とても、眠い
目を開くことさえ億劫になり、その睡魔に抗うことなく身を委ねようと瞳を閉じかけた時
―――ッ…―
小さな、とても小さな音が聞こえた
音、というか……それは泣き声のようで、それはこの黒しかない世界に私以外の誰かが存在しているということで
好奇心が睡魔を阻害する
眠くて眠くて仕方がないのは変わらないが、それでも無理やり足を前へと踏み出す
別に無視して寝ることだってできるのだが、何故だがそれはしたくないと感じた
この声は、私を呼んでいる
――ック……ヒ…ッ―
闇の中、声だけを頼りに足を進めていく
歩いているという感覚はないが、声が少しずつはっきりと聞こえてきていることから近づいてはいるのだろう
変わり映えのしない闇を、そっと掻き分けていく
どれだけ時間が経ったのか、闇の中にぽつんと浮かび上がる人影を見つける
「ひっく、うっ…」
泣いていたのは、まだ幼い少女だった
褐色の肌と、額にある十字架を除けば幼い頃の私ととても似ている気がする
―――確かこれぐらいの年齢の時に、両親に売られたんだっけ…
こちらに気付かず泣き続けている少女をぼんやりと眺めながら思い出すのは、売られた日のこと
人の為になることをするのよ、そう言って初めて私に笑いかけてくれた母親
イイコにしてたらすぐ迎えにいくからな、そう言って笑顔で嘘をついた父親
生まれて初めて両親に必要とされたと無邪気に舞い上がったのはとてもよく覚えている
まさか売られるとはこれっぽっちも思わなかった、憐れな子供
泣き続けている少女の姿は、研究所に来たばかりの自分にとても良く似ていた
―――あぁねむい
何もかも面倒になるも、一応ここまで来たのだからと泣いている少女に声をかけてみることにした
『―――ねぇ、』
案外よく響いた声
それに自分で少し驚くが、目の前の少女の驚き方はそれを上回るものだった
自分以外の人間がいることに驚いているのか、涙で濡れた目で見つめてくる少女を無感動に眺めて一言、呟く
『なんでないてるの?』
。
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