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ぽたり、ぽたり
『……、』
濃厚な血の匂いに顔をしかめそうになるのを必死におさえる
周りではそれぞれの戦いが展開されているというのに、ここだけ空間を切り取られたかのように静かなものだった
「っあ、」
脂汗を浮かべ苦しげな声を漏らすツナを、無表情に見つめる
剣が体を貫いているのだ、痛くないわけがない
決して少なくない量の血だまりが足元にできているし、はっきり言っていつ気絶…いや、死んでもおかしくはない、そんな状態
『……アタシは誰にも受け入れられない。だから誰も受け入れない』
聞こえているか定かではなかったが、構わずそのまま小さな声で囁く
『誰もアタシを見ないからアタシも見ない。誰もアタシを愛してくれないから、アタシも誰かを愛することはできない。だからアタシは"慈愛のノア"なの、ツナ』
誰にも受け入れられることのない、孤独なメモリー
『アタシはあの子みたいに、望まれた存在じゃない…あの子みたいには、なれない』
ぎり、っと剣を握る手に力が入る
『、でもあなたも運がないよねツナ。あの日あの子に会いさえしなければ、いまこうやって死ぬこともなかったのにね?』
「、愛結、ちゃん…」
もう殆ど意識がはっきりしていないだろうに、ツナはそれでもうっすらと目を開けて"愛結"を見る
『っまだあの子の名前を、』
「泣、いてるの…?」
思ってもみなかった言葉に、反射的に自分の頬に触れてみるももちろん濡れた感触なんてない
『は、泣いてるわけないじゃないこのアタシが、』
「でも……泣いてる、気が…する……」
その澄んだ目に、無意識に目を逸らす
『か、悲しくなんてないわ!今からアンタを殺せるかと思うと嬉しくて笑ってしまいたいぐらいよ!!』
そう、楽しいのだ。邪魔者をこの手で殺せる状況、楽しくないはずがない――悲しいはずなんて、ない
胴を斬り裂こうと剣を握る手に力を込める
これ以上戯言を聞くつもりはなかった
"アタシ"はノアの一族、"慈愛"のメモリーを持つノア。それ以上でもそれ以下でもない
自分に言い聞かせるように心の中で呟き、剣を動かそうとした時
ギュ…
『―――!』
突然与えられた温もりに、愛結は目を見開いた
。
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