悲しき詩 | ナノ




29



「愛結……」


自らの手で気を失わせた彼女を抱き留め、その小さな体をそっと抱きしめる

こんな、力を込めれば折れてしまいそうな細い体で、最前線でずっと戦ってきた愛結

忌々しいエクソシストとして―――だが、そんな日々はもう終わりにさせる


ガチャリ、


「あは、いいタイミングだったみたいだね」


無遠慮に扉を開けて入ってきたのはシルフだ


「例の件、やってくれ」


シルフの顔を見ず、愛結をそっとベットに横たえなえながら紅蓮は感情の見えない声で言う


「まかしてよ紅蓮さん。そういう"約束"なんだし」


そう言うと、シルフは眠っている愛結の傍にしゃがみこみ、その額に手を触れる

そう、雪のリング戦の時に行ったように―――そして、ばちばちっと静電気のようなモノが、2人を包み込んだ


「…この精神プロテクト、相当頑丈だね。時間はそれなりにかかると思う」


一通り愛結の脳内を調べ終わったシルフが肩を竦める


「時間よりコイツの安全性を重視してやってくれればいい」


「りょーかい」


――バタン、


「―――…ハァ、しんど」


ドアを閉めて、紅蓮は疲れたように小さく呟く

"うっかり"殺してしまわないように我慢するのがこんなに疲れるだなんて――

だが、愛結に存在する強力な精神プロテクト――いわゆる"記憶喪失"の元を解除するためにはナカをいじることができるシルフに頼らざるを得ない

壊すのは簡単だ。だが、それでは"愛結"が"愛結"ではなくなってしまう

それさえ終われば―――


「……ようやく、ここまで来たんだ」


廊下で立ち止まり、外の景色を見下ろす

そこには数百年前の日本の街並みが広がっている


ここは、江戸


アクマしかいない、閉ざされた街

日本にあるのに日本にはない土地、いや空間


――それがここ、"ノアの方舟"がある江戸だった




進み過ぎた時間

時間に取り残された街



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