それぞれの個性
第1種目 50m走
「3秒04!」
開始早々すごいタイムが聞こえる。見るからに脚の速そうな個性の人を見つけたので、すぐに寄って行って肩に"触れた"。
「お疲れさまー」
初対面でも不自然のないように話しかけて……うーん、仕方が無いとはいえ、なんだか悪いことをしてる気分だ。でも"個性を使っていい"ってのは、私の場合こういうことだよなあ。
「ああ、君は確か教室で寝ていた……」
「名無しっていいます。よろしくねえ」
「ぼ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ。君には挨拶が遅れたが、よろしく頼む」
聡明ってちょーエリートだよなあ。手を差し出し握手を交わす。そうか、初対面なら握手という手があったか。
あとこの人確か入試の時マイクさんにすっごいハキハキ質問してた人だ。思い出した。やっぱりなんだか硬そうだなあ。見た限りすごく良い人そうだし、まあ真面目そうな人に悪い人はいないだろう。
いや、そもそもヒーロー科に悪い人はいないはずだ。理論上は。
「飯田くんの個性、いいねえ」
「そ、そうか?ありがとう」
「うん。どういう個性なの?俊足?」
「ああ、これは……」
どうやら飯田くんの個性は"エンジン"というらしい。やはり根が真面目な人なんだろう、1聞いたら10答えてくれた感じだ。私としてはとても助かる。あとオレンジジュース好きで良かった。朝飲んで来てて良かった。今日の私は運も良い。
「教えてくれてありがとう。ちょっと借りるね」
「は?」
どうしてかわからないけど私の出席番号は一番最後だ。しかもこのクラスは21人いるみたい。どうしてかはわからないけど、何となく嫌な予感はしているんだよなあ……まあ、それはさておき、時間は結構あるということ。クラスメイト達を眺める。私の個性の都合上、彼らの個性をある程度把握しておかなきゃ話にならない。
あのかっちゃんの走り方楽しそうだなあ、真似したい。狭いトラックじゃいずくんが可哀相だけど……充分進路妨害だよねアレ。なーんて思っているうちに、順番が迫る。
さて、走りますか。
体操着を膝まで捲り上げる。ついおおーっと声が出た。どうなってるんだろうこれ。構造が知りたい。
50m走。中学の時は、確か6秒前半くらいだったはず。 走るのはあんまり得意じゃないし、一人で走るのはなんとなく気恥ずかしいけど、そうも言っていられない。はい、位置について、よーい……どんっ。
「3秒43」
DRRRRRRRっとすごい音がする。慣れてないからかなあ、すごくうるさい。単純で使い勝手は良さそうだけど耳にくる、と。覚えとこう。にしてもすごいタイム出たな!コレは嬉しい!楽しい!
飯田くんがすごくこっちを見ていた気がする。ごめんね飯田くん……でも私はちゃんと"借りる"って言ったぞ。
「すごい速かったね!その個性飯田くんのと似てる!」
「ん?あぁ、いやこれ、飯田くんの個性なんだ」
「へ?」
「あ、私名無しです!よろしくねえ」
「私麗日お茶子!よろしくね!」
「うららかおちゃこ!?なにそのうららかな名前!!」
なにこの子ちょーかわいい。お茶子ちゃんちょー癒される。なんかふわふわしてるし絶対マイナスイオン出てる。かわいい。お友達になりたい。
第2種目 握力
「すげえ!!」
次は誰から借りようかときょろきょろしていたら、そんな声が聞こえて振り返る。"すげえ"個性大歓迎だ。
「540キロて!!あんたゴリラ!?タコか!!」
「…………」
な ん だ あ れ か っ こ い い
色々考える前に体が勝手に動いていた。なんだあれ、なんだあれ!!かっこいいな!
「あのあのあの初めまして!お名前は!?」
「障子目蔵」
「障子くん……っ、私名無しっていいますよろしく!」
手を差し出せば若干訝しみながらも快く(かはわからないけど)握手してくれた。うわぁぁ手おっきい!しかも6つある!!やばいね?やばいね?かっこいいね!?
「障子くんの腕、いいねえそれかっこよくて!」
「?」
「ちょっと借りるね!」
ああ本当は、この個性で他にも何かできるのか聞いてからじゃなきゃいけないんだけど、だめだ。ここまで来て我慢できない!自分の個性を発動すると腕が増えた。3本ずつ、合計6本。周りにいた生徒がざわついたのがわかる。異形タイプはほとんど経験なかったけど、腕だとこうなるのかあ。身長は伸びなかったのが少しだけ残念だ。でもこれ、やっぱりかっこいい。そして汎用性高そうだなあ。
「あちゃーやっぱり袖破れちゃった。私もタンクトップ型買おう、そうしよう」
唖然とする障子くんに個性について聞こうとしたところで、握力計が回ってきた。とりあえず測ってみれば、記録は390キロ。元が貧弱だからか障子くん程ではないにせよ……やっぱりすごい。ああ、楽しいなあこのテスト。テンション上がってきた。顔に出ていたのか、相澤先生が「水を得た魚はこっちだったか」とかなんとか呟くのが聞こえた。