それぞれの個性




『いつか強くなって、今度は僕がしちゃんを守ってあげるから……!』

『だから、待っててね』


 いつかのいずくんの言葉を思い出していた。あの頃のいずくんはわたしよりもちっちゃくて、優しいのに弱くて、泣き虫で……無個性で。

「はァ!?おい、おいしどうした!?」

 かっちゃんの慌てた声で我に帰った。目の前にはすごく焦った顔をしたかっちゃんがいて、私の肩を掴んで揺さぶる。うん、結構痛い。力強いんだから、ちょっとくらい加減してくれないと。
 かっちゃんがどうしてこんなに取り乱しているのかわからなくて、わからないけど、なんだか周りの人達までざわざわしているみたいだった。あれ、よく見たらなんか、色々ぐにゃぐにゃしてる?あと、なんだか上手く声が出せないなあ。
 ぼやけた視界の中で、いずくんと目が合った。

「えっ……しちゃん!?」
「……っ、」

 あ、わかった。


「なんで泣いてんの……!?」


 私、泣いてる。

 えっ、なんで?なんでだろう?自分でもわかんないや。いずくんまで駆け寄ってきてくれて、怪我してるのはいずくんの方なのに、すごく心配してくれて。どうして涙が出るのか良くわからないけど、この二人が同じ顔で並んでおどおどしてるのがなんだか面白くて、何だか嬉しい。ああ、でも、泣きながら笑うのって、思ったよりも難しいんだなあ。
 泣いてるとわかったら急に苦しくなって、鼻水が出た。体操着だけどティッシュとか持ってたかな。とりあえず軽くすすると、かっちゃんが「啜るな!」と怒りながら目元を拭ってくれる。相変わらずごつごつした、大好きなかっちゃんの手だ。ごめんね、ありがとうと何とか呟いて、痛々しいいずくんの手をとった。ああ私今、すごい声してるなあ。

「いず、いずぐん……」

 いずくんに何が起きたのかはわからない。わからないけど、何かしらの"奇跡"が、彼の身に訪れたのなら。

「よがっだねえ」

 あなたが頑張ってきたのを、知ってるよ。誰よりも頑張っているのに誰よりも報われなくて、それでも絶対に諦めず努力してきたのを、知っているから。
 そんなあなたに起きた"奇跡"なら、手放しに祝福しよう。これはきっと、そういう涙だ。

「うぅぅ……ぅぁぁ……!」
「あーバカし擦んな!!」
「うわあぁぁしぢゃぁぁん」
「てめぇはクソうぜえからどっかいけうるせぇな!!!」
「かっちゃんもうるさいよ……耳元でおっきい声出さないでよお」
「人のこと言えないじゃないか……っ」
「なんっっなんだお前ら!!!とりあえず泣くのヤメロ!!」

 私につられてかぼろぼろ泣き出すいずくんと、慰めてくれてるのか怒ってるのかわからないくらいひたすら怒鳴ってるかっちゃんと。昔にタイムスリップしたみたいに懐かしい光景で、今度こそ泣きながら笑ってしまった。

 全く付いて来れていないであろうクラスメイト達の更に奥で溜息を吐いた先生が仲裁に入るまで、あと少し。



  ***



 そんなこんなで色々あったけれど、何とか無事に体力測定を終え、私はめでたく幸先のいい一位を勝ち取った。二位の百ちゃんとは正に僅差で、素の身体能力で若干劣っていた分みんなの個性で乗り切った感じだ。ついでに百ちゃんは個性もすごかった。わたしにはまだ使いこなせないけど、今度色々やってみよう。
 結局除籍発言は撤回されて、なんとかいずくんは救われた。 多分あの人はじめは本当に除籍するつもりだっただろうから、一安心だ。 とりあえずはこれからも、教室にいずくんがいるということ。へへ、嬉しいなあ。

「し、帰んぞ」
「え、一緒に帰ってくれるの?」
「早くしろ」
「わーい!」

 これも、懐かしい。考えてみれば登下校というもの自体が久しぶりだけど、こうしてかっちゃんの隣を歩くのも、二年ぶりだ。嬉しくてスキップなんてしてみたら、「転ぶぞ」と声が飛んでくる。

「お前今どこ住んでんだ」
「今はねー、昔の家と雄英の真ん中くらい。だから途中までしか居られないねえ」
「ハッ、二年ぶりに顔見せた奴が何言ってんだよ」

 だって、結構忙しかったんだもんなあ。怒ってる?と聞けば怒ってねーよ、と予想通りの返答が。
 新しい家には一人暮らし。初めてのことばかりで大変だけど、ある程度家事はできる方だし、楽しいことも多いんだ。そんなようなことを話すと、興味なげな声と表情を頂戴した。

「偶にメシでも食いに来いよ。ババアが会いたがってんぞ」
「ほんと?おばさんのゴハンも久しぶりだなあ」

 なんだか何もかもが懐かしい。たった二年間ではあったけど、その二年が濃かったからなあ。帰ってきた、って感じがする。
 ……そういえば、いずくんの個性について、かっちゃんは何か知っているんだろうか。私のいない二年のうちに、何があったんだろう。とんがった横顔を眺めていても、その答えはわからない。うーん、こうして改めて見てもやっぱりかっちゃんかっこいいな。彼女の一人や二人いるんだろうな。二人いたらだめか。

「なんだよ」
「んー?なんでもないよ」

 そうだ明日はちゃんと職員室に顔を出そう。先生方にも改めて挨拶しなくては。夕日で染まる通学路をかっちゃんと歩きながら、そんなことを考えていた。
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