帰還と変化




 シンドバッドとジャーファルの話し声を、控え目なノックの音が遮った。


「ナナシです。改めてご挨拶に参りました」

「ああ、入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは中性的な顔立ちをした二十歳前後の女。シンドリアの官服に身を包み、伸びた髪は後ろで束ねており、その伸びた背筋で幾分大人びて見える。

 その足は迷いなくシンドバッドへ向かい、広い部屋を進む。

 シンドバッドが口を開こうとした瞬間、女は手を組み、跪いた。


「我が親愛なる、シンドバッド王よ」

「!?」


 シンドバッドは驚き、ジャーファルは息を飲んだ。女の纏う空気は以前とは明らかに違っており、そして、美しかった。


「この度は、私のような者を再び食客としてお招き頂き、心より感謝申し上げます。つきましては、陛下とその臣下殿…及びこのシンドリア国に少しでも貢献できますよう、微力ながら日々尽力させて頂く所存にございます」


 女は一度も顔を上げることなく、更に深く頭を下げる。


「これからどうか、よろしくお願い致します」


 シンドバッドとジャーファルは顔を見合わせ、やがて苦笑を交わした。


「まあその、あれですね」

「驚くほど堅苦しい挨拶の後で悪いんだが…気持ち悪いから普通に話してくれないか?」


 途端、女の纏う雰囲気ががらりと変わった。どこか気の抜けたような慣れ親しんだそれに、二人はまたも苦笑する。

 女は軽く頬を掻くと、長く深い溜息をついて、立ち上がった。


「失礼だなあ…"礼儀正しい"と言ってほしいよ」


 先程までと全く違う口調と声音。それこそが、二人良く知る女の本来の姿であった。


「成長しましたねナナシ、私は嬉しいですよ」


 ジャーファルは微笑み、シンドバッドは大きく頷く。


「わあ、ありがとうございますジャーファルさん!貴方にそう言って頂けただけで、二年間世界で学んだ甲斐があります」


 女は再度手を組み、ジャーファルに深く礼をした。


「では俺からも…」

「別に良いですシンくんは黙っていて下さい」

「あー…うん、俺に対しては相変わらずなんだな…」


 女、ナナシは以前このシンドリアで保護されてから、王宮内に住んでおり、王や八人将と深い親交があった。

 幼い頃から王宮にいた彼女を、皆が家族のように思っているのである。それはシンドバッドも同様であった。

 しかしどうしてか、ナナシは昔からシンドバッドに対してのみ、全くと言っていいほど敬意を示さなかった。


「他の皆には挨拶できたのか?」

「ううん、全然。シンくんが公にあんなこと言うから皆騒いじゃって、隠れて逃げるので精一杯だったよ」

「ああ、遂に敬語が抜けた…俺王様なのに…」


 ナナシは、落ち込んだように嘆くシンドバッドには目もくれず、ジャーファルへ向き直る。


「これから挨拶回りに行こうと思っていたんですけど…好きに動いても大丈夫でしょうか?」

「ええ、構いませんよ。ここは貴方の家ですからね、一々許可などいりません」

「ジャーファルさん…っ、ありがとうございます!」

「ジャーファル、そういう格好良い台詞は俺が言いたかった」


 ナナシは再度礼をして、部屋を去って行った。

 残されたシンドバッドはただうなだれ、ジャーファルはそんな主の姿に苦笑する。


 しかし二人は確かに、彼女の帰還を喜んでいた。
 

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