夕日に恋する少年少女
小さな椅子の上で膝を抱えて、顔を埋めた。
「おい」
夕日で赤く染まった教室のなかに、私は一人きりのはずだった。とっくに生徒は下校して、そうでない生徒は部活に行った。
聞こえるはずのなかった、聞き慣れた声。
「うるさい。帰れ。…ていうか部活行けよ、ばか」
「お前こそちゃんと部活来いよ、サボんなバーカ」
クラスメイトで部活仲間の田中の足音が寄ってくる。顔をあげないのは、今の私が、きっとどうしようもなく情けない顔をしているから。
「寄るな、部活行け。そんで澤村先輩に名無は体調不良で帰りました、って言っといて」
「やだね。お前の私情でサボらせてたまるか」
「はぁ?私情って…なに言ってんの?」
「とぼけんな」
だんっ、一際大きな足音が間近で聞こえる。
なんでお前がいらついてんだよ。私の問題だろ、放っといてよ。
部活サボったのは悪かったよ。後でちゃんと、澤村先輩に怒られるから。ちゃんと、潔子先輩にも謝るから。だからさ、そんなにとげとげしないでよ。
今すごく、泣きそうなんだから。
「フラれただろ」
「………フラれてないよ」
「下手な嘘ついてんじゃねぇよ」
「嘘じゃないよ。フラれてなんかない」
だってあんなのは告白じゃない。私は告白なんかしてない、フラれてもいない、好きじゃないよ、あんなひと、別に、好きなんかじゃない。
「ならちゃんと、俺の目見て言ってみろ」
身体に力が入る。金縛りになんてなったことないけど、きっとこんな感じなんだろうか。思った風に動いてくれない。
伏せていた顔をあげたら、夕日が思ったよりも眩しくて、思っていたよりも赤くて赤くて、目に染みる。見るからに怒った田中の顔から目を逸らしたいのに逸らせなくて、突然視界にフィルターがかかった。
「………」
「フラれてないよ、私は」
田中の眉間にこれでもかってくらいしわが寄る。怒鳴られるかな、少しだけ身構えた。
…のに、聞こえたのは静かな声。
「じゃあお前は、なんで、泣いてんだよ」
「っ、!」
声が出なくて、言葉が出なくて、咄嗟に反論できなくて。なんて頭の中で考えてる間に、どうしてか田中に抱きしめられていて。あ、本当だ私泣いてる、とか、遅れて気付いたりもして。
何より、田中の体温がどうしようもなくあったかくて。
「すきだからだよ…!認めたく、ないけど…っ」
「あぁ、だろうな。わかってるよ。俺、ずっとお前のこと見てたし」
名無があいつのことが大好きだってことくらい、知ってる。
そう言った田中の声が、どうしてかすごく寂しそうで。なんでだろう、とか、場違いにも考えてみたりして。
視界にかかる赤い光と田中の体温で、溶けてしまいそうだった。
夕日に恋する少年少女
(あの人じゃない、田中の腕の中で、私はただ、だらしなく泣いていた)