しろいあなた
「…あれ、宮田さん?」
音を立てて開いた教会の扉に、私は作業の手を止めた。
振り向けば、白いワンピースを着た少女と目があう。純白のワンピースに劣らない、病的なまでに白い肌。まだ幼さの残る顔立ちであるが、美しいという表現が良く似合う少女だ。
少女は驚いた様子で、私を見て片割れの名を呼んだ。
見間違えられる、というのはいつぶりのことだっただろうか。双子なのだから、私と宮田さんは確かに似ている。それは私達が最も良く知っていることだ。
それでも日ごろから正反対の格好をしてること、この小さな村で唯一の求導師と医者を知らない人間はいないこと。そんなことから、間違えられるなんてことは久しく体験していなかった。
生まれてすぐ別々に引き取られた私達は、顔が良く似ているだけで、兄弟として過ごしたことなどなかったから。
「いえ、私は…」
宮田さんではない。そう言おうとしたとき、少女は私を遮って言った。
「じゃ、ないですね。良く似ているけれど…あの、貴方は誰ですか?」
貴方こそ誰なんですか、柄にもなく聞き返しそうになる言葉を飲み込んだ。
驚いていたのだ、彼女が気付いたことに。
見分けたとは断言できないが、「貴方は誰ですか」と聞いてくる辺り、この少女は私のことを知らないのだろう。そんな彼女が、すぐに私が宮田さんではないと気がついたことに、ただ驚いた。
「…もしかして、貴方が求導師様?」
「えぇ、牧野です。宮田さんとは双子で…」
「まぁ、そうだったんですか。道理で似ているわけですね…私ったら、求導師様に失礼なことを…」
「そんな、気にしないでください」
少ないながら会話をしてみて感じたのは、この少女が、その幼い容姿に反してしっかりしているということだった。もしかしたら、実年齢は私が思っている程幼くもないのかもしれない。
「あの、貴方は…?」
「あぁ、ごめんなさい。申し遅れました、私は名無しです。自分で言うのは気が引けるんですが…昔から身体が丈夫でなくて、宮田先生にはとてもお世話になっています」
「そうだったんですか…」
ふと、その「宮田先生」という響きに違和感を持った。いかにも呼び慣れていない、簡易的なものに聞こえたのだ。
「それで、今日はどうなさったんですか?」
「あぁ、すっかり忘れてました。今日は八尾さんにお伝えしたいことがあったんですけれど…いらっしゃらないみたいですね」
「今は用事で出かけていますが…すぐ戻ると思うので、待ちますか?」
「いえ…」
そこで彼女は少しだけ、困ったような笑顔になった。
ふと思い出す。そういえば八尾さんが以前、愛おしそうに「しちゃん」の話をしてきたことがあったと。あれはこの少女のことだったんだなと、今更に納得する。
「八尾さんに会わなくて済むならその方が良いので…牧野さん、申し訳ないんですが、伝言をお願いしても良いですか?」
「あ、はい…わかりました。……あの、」
「牧野さん」。何となく、本当にどうしてか、その声が身体の奥の方に響いた。
八尾さんとは仲が良いんじゃないんですか?そう訊こうとして、なんて不躾なんだろうと思いとどまり、その後の言葉が出て来なくなる。
少女はそんな私を見て、今度はとても、とても綺麗に笑った。
「八尾さんのことは…少しだけ、苦手なんですよね」
顔に出てしまっていただろうか、なんて考える余裕もないくらいに、彼女の全てが素敵だった。
あぁきっと、八尾さんや宮田さんは私とこの少女を会わせたくなかったんだろうなと、何の根拠もなくそう思う。
「それじゃあ牧野さん、また今度」
「あっ…はい、また……」
やけにぼーっとしていたようで、伝言のことなど全く頭に入っていなかった。それでも呼びとめて聞き直すなんてことはできなくて、ただただ、白く美しいその後ろ姿を見つめていた。
あぁ、私は八尾さんになんと伝えれば良いのだろう。
そう思いながら、私は作業を再開した。
しろいあなた
いつか、貴方はまた私の名を呼んでくれるだろうか
そんなことだけが、私の脳を埋め尽くしていた
そんなことだけが、私の脳を埋め尽くしていた