笑顔の衝撃




「こんにちは」

「………あぁ、しか」


 診察室の扉からひょっこりと顔を出したのは、最早この病院の常連といってもいい、見慣れた少女だった。いつもと同じ真っ白いワンピースを着て、いつも通り不健康そうな顔色をして、いつものように笑う。

 それだけで俺は、どこか安心したように肩の力が抜けるのを他人事のように感じていた。


「体調はどうですか」

「今日は大丈夫です、寧ろいつもより元気なくらいで」

「そうですか」


 俺にそんなどうしようもない嘘が通じると思っているのだろうか。


「(いつも以上に真っ青な顔して、元気なわけがないだろうに)」


 ばれないと思っている…というよりは、ばれてもいいが、とりあえず嘘をついてみた。そんな感じだ。毎回これじゃあ、わざわざ通院させてまで毎日診察している意味がない。

 診察室内にいる看護婦に声をかけて、退室させる。二人になったところで、カルテを置いて彼女と向き合った。


「で、今日はどこが悪いんですか」

「…いえ、ですからね宮田さん、私今日は全然元気で…」

「昨日も、一昨日も、どこの誰が見たって具合の悪そうな顔してるくせに、何が元気ですか」

「う…っ」


 少女はいかにも図星です、という顔をする。そんなことは分かりきっているのだから、わざわざ顔に書く必要はないのだが。


「どんなに些細な頭痛だろうが眩暈だろうが、言ってくれなきゃ仕事にならないでしょう。貴方は俺をクビにするおつもりですか」

「……い、院長さんなんだからクビになんか」

「貴方の体調を管理するようにと言われているんですよ。神代にも、教会にも。貴方が素直に診察されてくれないと、そろそろ俺が殺される」

「…………………………」


 少女は出来うる限り眉を寄せ、精一杯のしかめっ面をしているようだった。そんな姿すらも美しくて、思わず伸ばし掛けた腕を押さえるように、腕を組む。

 そのまま見つめていると、しかめっ面はすぐに拗ねたような表情に変わり、目線が右へ逃げた。

 小さくため息をついて、俺はまた話す。


「…それ以前に、」


 拗ねたまま、視線だけがこちらに復帰する。
 軽く見上げてくるようなその様子は、彼女の童顔によく似合っていて、場違いにも可愛らしいと思ってしまった。


「俺をもう少し信用してくれませんか。心配するこっちの身にもなって下さい」

「えっ……し、心配ですか?」


 彼女は驚いたように目を見開く。俺はもう一度だけ、そっと溜息をついた。


「わかりませんか」

「わ、わかりませんよ!いつも怖いくらいに無表情ですし…っ」

「あぁ、それもそうだな……ですが、」


 組んでいた腕を解き、すぐ目の前にある少女の頭へ手を伸ばす。小さな子供にするそれのように、軽く撫でつけてみた。


「こう見えて、どうしようもないくらいに貴方が心配なんですよ。俺だって医者なんだ、治療くらいはさせてくれないか」


 俺が手を離せば、少女は更に目を見開いて、こちらを凝視したまま動かない。


「み、宮田、さん」

「? どうかしま…、っ!」


 はっとして、すぐさま自分の口を覆う。


「宮田さん、今」

「……なんですか」


 変に気恥ずかしくなって、俺はつい眉根を寄せ、少女を睨みつけた。

 そんなことは全く気にも留めない様子で、今の今までぽかんとしていた少女は、徐々に嬉しそうに口角を上げていて。それはそれは美しく、この世のものとは思えないほど綺麗に、笑った。


「宮田さんでも、笑えるんですね」

「…………貴方には、敵わないな」



 自然と緩む頬を抑えることもできずに、俺はまた、だらしなく微笑んでいた。



笑顔の衝撃



こんなにも貴方が好きなんだ
そろそろ、伝えても良いですか

   
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -