発信拒否
「風邪ですね」
「…知ってます」
だから来たんですよ…と少女は言った。
今日は正午ぴったりに、彼女が診察室に訪れた。
「それで、真夏だというのにその格好は何ですか」
額には冷えぴたを、口にはマスクをして、あろうことか頭から毛布を被っているしに、呆れたような視線を送る。
「先日宮田さんに自覚が足りないと言われてしまったので…今日は患者らしい装備をしてみました」
というか普通に寒かったので毛布を添付して来ました、とのことらしいが、正直言って頭が悪いと思うのは俺だけだろうか。
第一、咳やらくしゃみやらが言葉の合間にずっと聞こえてくるので、聞き取りづらいことこの上ない。俺は隠すこともなく、大きくため息をついた。
「明らかに熱がありますね、さっさと家に帰って寝なさい。何なら送りましょうか」
「いえ、大丈夫ですよ。たぶん」
「貴方、自分が今にも倒れそうだってことを自覚してないんですか」
「あー…そういえば、今日はやけにふらふら…するような?」
発熱の所為で(端から見れば毛布の所為だが)真っ赤な顔に、ほとんど開いていないような潤んだ目で、椅子に座ったままぼんやりとこちらを見上げてくる。
どう見たって重症で、一人で出歩いちゃいけないくらいのレベルだ。
「外出できないようなら連絡を寄越せと、先日言ったはずですが」
「うぅ…あー、えっと」
見上げていた目線がついと俯き、更に右へ逃げる。彼女が何かに負い目を感じた際に良くやる癖だ。
つまりは俺に怒られるようなことをしたと、そういうことだろう。
「で、電話って、恥ずかしくて…自分からかけられないんです、よ…」
「……」
おい、こら。
「貴方今年で幾つですか」
小学生じゃないんだから、電話くらいかけられるだろうに。またため息が出た。
それで結局無理をして、病院までの移動中に倒れられたんじゃあ、どうしようもない。
これはもう…仕方がないな。
「これからは、病院に毎日来なくても良いですよ」
「はい……はい?」
「そのかわりに、俺が貴方の家にお邪魔します」
「え、っと?」
「要するに、これからは俺が往診しますから、貴方は家で寝てりゃ良いってことです」
やっと理解すると、急にわたわたと慌て出した。音を立てて椅子から立ち上がり、すぐに眩暈で立っていられなくなったんだろうが、また毛布を被り直して椅子に座る。
「そ、それですと宮田さんにご迷惑が…」
「貴方に一々倒れられるよりはマシだ」
「まあ、そうですよね…」
丸まっていた身体を更に小さくして、彼女は全身で不服を示す。
可愛らしいとは思うが、見ているとこっちまで暑苦しくなってきた。
「とにかく今日は俺が送りますから、残りの診察が終わるまで、その辺で待っていて下さい」
「え…でも、宮田さんの昼休憩なんじゃ…」
「俺は良いですから。しは黙って送られなさい」
「……はい、すみません」
俺から見れば、彼女はまだまだ子供だから。
童顔なのも電話をかけられないのも「可愛い」の一言で済ませて、甘やかすのも悪くない。
「宮田さん…お昼、まだですよね?」
「ええ」
「じゃあせめてうちで何か食べて行って下さい。昨日の残り物くらいしかお出しできませんけど…」
「…それなら、お言葉に甘えて」
「はい」
しが今日、初めて笑ってくれました。
発信拒否
(子供はただ、無邪気に笑っていれば良いんですよ)