幸せの街




 いつも通り、食材の買い出しに出かける。ただそれだけのはずだった。


「待っていたぞ、我が愛しのヒロインよ」

「…貴方はストーカーさんですか」


 いつから居たのか、玄関の前には【英雄】
【ヒーロー】で有名なスプレンディドさん。

 こんな真冬に、出てくるかもわからない私を待っていたというのだろうか。正直、この人は頭が悪いと思う。

 確か以前、盛大に窓ガラスを割られた上にドアまでもを破壊されるという事件があってから、家への出入りを制限したことはあったが…だからといって、何も外で待っていろと言ったわけではない。


「電話とか、色々あるじゃないですか」

「あぁ、そういえば先日壊してしまってから購入していないな」


 つい一週間程前にも同じようなことを言っていた気がする。恐らくまた力加減がわからなくて壊してしまったんだろうが…この人は学習という言葉を知らないのだろうか。


「あの、着いて来ないで下さいませんか」

「それは聞けない相談だ。久しぶりの休日を君と過ごすためだけに三時間近く待っていたのだから」


 三時間。この寒空の中、三時間だ。何が楽しくて、私なんかを待っていたんだろうか。


「英雄さんは目立つんですよ」

「何故だ。君の言い付けは守っているというのに」


 確かに目立つから飛ぶなとは言いましたけど。


「英雄さんは英雄さんですから、私みたいな一市民と歩いていたら、それだけで目立つんですよ」

「なんだ、そんなことなら気にする必要はない。なぜなら君は一市民などではなく、私の愛するヒロインなのだから!」

「よくもまあそんな恥ずかしい台詞を口にできますね」


 結局スーパーまで着いて来た彼を連れたまま、買い物を済ませる。有名人というだけあって、少々周りの視線が痛い気がするが、最近は以前よりも慣れた方だと思う。


「そんなに買い込むのか?」

「毎日買い出しとか、嫌なんですよね。できるだけ買い込んで、数回で済むようにしてるんですよ」


 私は比較的死亡率の低い方だが、他の皆の様に毎日外出してその度に死ぬ…というのは避けたかった。

 いくら生き返ると言っても、死ぬ時は間違いなく死んでいるんだ。痛いし苦しいし、人生に何度も経験するべきものじゃない。

 とはいえ、今回は些か買いすぎたかもしれない。目の前に並べられる紙袋を見て、少し後悔した。


「ヒロインである君がこの全てを持つのはさぞつらいことだろう。ここはヒーローであるこの私が…」

「遠慮します」

「何故だ」


 いかにもショックです、といった風に、彼は盛大に項垂れた。

 彼はただでさえ目立つというのに、街の【ヒーロー】が紙袋に埋もれる姿など、似つかわしくないにも程がある。

 しかもその隣を私の様な者が悠々と歩いていては、どんな噂をたてられるかわかったもんじゃない。

 そう考えながら、冷えきった掌に息を吹き掛ける。あまりの寒さに、視界が一瞬だけ白く染まった。


「寒いのか」

「いえ別に、大したことはありませんよ。手袋を忘れたから、いつもより手が冷えるだけです」


 何を考えているのか知らないが、右隣りの英雄さんが穴のあきそうなほどにこちらを凝視してくる。

 更に何を思ったのか知らないが、急に私から紙袋を取り上げて、軽々と歩き出した。
 

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