四月馬鹿




 春の始め、ようやく暖かくなってきた頃。風に乗って、微かに彼女独特の甘い香りがした。


「良ければお隣り、どうですか?」

「えっ」


 彼女は驚いたようで、数秒反応が無かった。名前を呼ばなかったのは、些かまずかっただろうか。

 耳に届くのは小鳥の囀りだけ。それでも彼女がまだここにいると、確信できた。


「##NAME1##さんでしょう。どうぞ」

「し、失礼します…」


 おそらく最初から相席するつもりで近付いて来たのだろう。長年雨風に晒されてきたベンチは微かに軋み、自分の左側に暖かい体温を感じた。


「どうしてわかったんですか?」


 ここで正直に答えても良かったが、ふと、今日の日付を思い出した。


「何てことはありませんよ、視えているからです」


 また彼女の声が途絶えた。困らせてしまっただろうか。

 嘘を付いてしまったことを、少し後悔した。

 表情を読み取るということができない私は、彼女が無言になるだけで、こんなにも不安になってしまうのだから。


「………エイプリルフール…です、か?」


 やっと聞こえた彼女の声は、申し訳なさそうに陰っていた。あぁ、また変な気を遣わせてしまった。


「微かな足音と…貴方独特の、甘い香りがしましたので」


 あえて質問には答えないまま、種明かしをする。

 彼女が不安にならないようにと、手を重ねた。


「…あ、そういえば。さっきランピーさんが、モールさんを探していたみたいですよ」

「おや、もうそんな時間ですか」


 気温が上がってきていたことと、彼女が現れたこととで、時間の感覚がすっかりなくなっていた。

 とはいえ、本来盲目の私にとって、時間という概念すらないに等しいのだが。鈍感の彼が気にする程に、遅刻をしてしまっているというわけだろう。


「お仕事ですか?」

「ええ、おそらく」


 彼は自分がいつも遅刻していることを棚に上げて、私の遅刻ばかりを咎めるのだ。今行けば、きっとまた文句をつけてくるに違いない。


「私には貴方との時間が何よりも大切ですので、放っておきましょうか」


 思ったことをそのまま口にしてみた。彼女からの返答はない。おそらく、照れているんだろう。


「す、すごいですよね。お二人とも、色んなお仕事をされていて」


 明らかに動揺して、話題を変えてきた。予想はしていたが、そんなところも含めた全てが、実に可愛らしいと思う。


「そんなことはありませんよ。私達には行動が限られていますから、できることなんて、そう多くはありません」 


 あえて【私達】という表現をしたのは、ふとハンディやラッセルのことが頭に浮かんだからだ。

 しかしまた後悔した。彼女の纏う空気が沈んだのが、わかってしまったから。


「あの…」

「すごいですよね、皆さん本当に」


 聞こえた声は、予想していたよりも明るいものだった。
 

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