幸せの街
「え、ちょっ」
「すまないな。生憎私は、君にこの程度のことしかしてやれないのだ」
少し前を歩く彼を、早足で追いかけた。それでも、追いつくことはできなかったが。
「本当は手を握ってやりたいし、この両腕に抱いてやりたいとも思う。できることなら、君を少しでも暖めてやりたい」
こちらを向かないまま、彼は話す。
「だが、一応自覚はしているのだ。私が一人で空回りをして、皆を殺めてしまっていることも、私が自分の力を制御しきれていないことも」
彼が自分を悪く言うのは初めてだった。いつも気付かない様なふりをして、何食わぬ顔でどこかへ消えてしまうのだから。
どうせ自分の所為だなんて、欠片も考えていないんだろうと思っていた。
「しかし君を傷つけたくはないんだ。無知な私は、距離をとるくらいしか対処法を知らない」
距離をとる?いつも散々つきまとってくるくせに、今更そんなことがなんだと言うんだ。
「正直に言おう。私は君の側に居たいと思うが、その反面、君に触れるのが恐いのだ」
いや、少し違うな…と、彼は唸る。
「安易に君に触れて、君を壊してしまうことが恐い、という方が適切かもしれない」
私は何となく、腹が立っていた。何をこの人は、全てを背負った気になっているのだろうか。何故私だけなんだ。他の皆には、無駄な正義感を浴びせかけているというのに。どうして私だけが、特別扱いされなくてはいけないんだろう。
「じゃあ貴方は、今まで殺してしまった人達に、一言何か言ったんですか。それとも何か言われたんですか」
この街は、狂っているんだ。あまりに死に慣れ過ぎてしまっている。
昨日死んだからなんだと言うんだ、今日生きているんだから良いじゃないか。皆がそう考えていて、誰も誰かを恨もうだなんて思わない。
ここは幸せの街、ハッピーツリータウン。
奇妙な呪いに慣れ過ぎて、今では誰もそれを呪いだと自覚していない。
「良いじゃないですか。一回死んだところで、明日にはすっかり忘れて生き返っているんですから」
誰も貴方を恨んでなどいないし、貴方自身、大して気にしていないじゃないですか。
確かに死ぬのは嫌だ。痛いし苦しいし、しっかりと命の終わりを感じる。けれど次の日には、その全てが夢だったのではないかと、誰もが疑う。ここはそういう街なのだ。
ここの住人である私も、例外ではない。
立ち止まって話していたら、また手が冷えてきた。寒気に晒されている頬には、風がまるで針の様にちくりと痛む。
「寒いですね」
「…ならばこの私が、暖めてやろう」
私から奪い去った紙袋を置いて、彼がこちらに向き直る。背中に回された腕は震えていて、少しも力を込めようとはしない。
「ヒーローさん、これじゃあ全然暖かくないじゃないですか」
「………すまない」
何に対する謝罪なのかを理解すると同時に、急に増す圧迫感。息が止まって、苦しい、中身が潰れて、痛い。
けれど確かに、暖かかった。
幸せの街
目覚めの朝は、今までになく暖かい
呪いの感覚は、最高に清々しかった
呪いの感覚は、最高に清々しかった