好きなもの
「っ!?」
思考が止まる。え、なにそれ意味わかんない。
結婚?なんで?どうしてそうなるの?だって今はバレンタインの話をして…あれ?本当に意味がわからない。
「え、えーと…とりあえず、中で落ち着いて話そうか…?」
玄関で話していてもらちがあかないと考え、とりあえず家に招いてみた。
歩き出そうとしても離してくれなくて、しょうがないからそのまま彼を引きずって歩く。
「あ、そういえば」
彼が訪れる前に、チョコレートを冷やしていたんだった。
「ねぇ、ナッティ」
「チョコレートの匂いがするね」
驚いた。私には全く感じ取ることのできない微かな匂いだったからだ。甘味への執着というか、とにかくお菓子が関わるとナッティはすごい。
「そうなの。トリュフを作っていたんだけど、食べる?」
「んーん、キミとのお話の方が大事!」
更に驚いた。いつもの彼は自分の命よりも糖分を優先するというのに。彼の身に何かあったのでは心配になったが、ぎゅうぎゅうと抱き着いて来る姿はいつも通りに見えた。
「ね!ね!ボクと結婚してくれるよね!」
とりあえずソファーに座らせて、距離をとろうと考えていたのだが、それでも彼は私の手を握ったままだった。
そして人によっては脅迫にしか聞こえないような台詞を言ってみせた。
「ごめんね、ナッティ。今の状況がまだ良く理解できていないから、最初から説明してくれる?」
「キミと結婚したいんだ!」
駄目だ。彼に常識が通用しないのは知っていたが、遂に言葉すらも通じなくなってしまっている。
「えっと…ランピーさんから、今日は好きな物を貰える日って教えてもらったんだよね?」
「うん!」
「それで?」
「ボクはキミのことが大好きだから、貰いに来たんだよ!」
さらっとすごく重大なことを言われてしまった気がする。顔に熱が集まって、真っ赤になるのが自分でもわかる。
何、今のは告白?いや、先ほどからプロポーズを受けているわけだが、やっぱりそれってそういうこと……えっ、どういうこと?
頭の中がこんがらがるばかりで一向に言葉が見つからない。なんと返せば良いんだろう。
「ねぇねぇ!結婚、してくれるでしょ?」
そう言って首を傾げる姿は本当に可愛らしいと思う。けど、そういうことじゃないだろう。
「あ、あのね、ナッティ」
「んー?」
「ごめんね、結婚はできないの」
「……」
彼の焦点の合わない瞳が潤んで、今にも泣き出しそうな顔になる。私は内心焦りながら、どうすることもできずに彼の言葉を待った。
「キミは、ボクのこと、きらい…?」
「そっ、そんなことないよ!ナッティのことは大好きなの!でも、だから結婚ってことにもならなくて…っ」
彼は俯いて、まるで子供のように、私の服を握りしめていた。