四月馬鹿
「皆さん…言い方は悪いですけど、恵まれていないのに。モールさんもハンディさんラッセルさんも、マイムは…喋らないのか喋れないのか、わからないですけど。皆さん、ちゃんとお仕事をされていて。私なんか…」
彼女が何を言いたいのか、何を言おうとしているのか、嫌でもわかってしまう。
「私なんか、ちゃんと働いたこともないですし、できることだって、そう多くもないですし…、なのにそんな私が、恵まれてしまっているんです。四肢は健康で、声も出るし、目だって無駄に良いんですから。どうせ何もできない私が、こんなに恵まれていても良いのかなって、不安になるんです」
彼女の声は震えていた。泣いているのだろうか。そればかりは、私にはわからない。
「私…」
それ以上は、言わないでほしい。私が、貴方を好いていられなくなってしまうから。
声をかけるより先に、抱きしめた。彼女が驚いたように、腕の中で小さく声を上げる。
「え、えっと…?」
彼女の綺麗な髪を、ぽんぽんと撫でる。すると、混乱気味だった彼女は大人しくなる。
「あの、ありがとうございました。止めて下さって。私、とんでもなく失礼なことを…」
「良いんですよ。気にしてませんから」
できるかぎり優しく声をかけた。彼女の体から力が抜けるのがわかる。
「私ごときが何かを言うのは失礼だと思いますが、一つだけ、貴方にしかできないことを知っていますよ」
たった今、思ったこと。
「それは…」
何ですかと続ける前に、口づける。私が唇の位置を知るために抱きしめていただなんて、きっと彼女は知らないだろう。
再度彼女を腕に抱き、静かに告げた。
「私を、癒すこと」
何者にも代わらない。私自身にすらできない。貴方だけが、できること。
「…やっぱりすごいですね、モールさんは」
「はい?」
彼女をしっかりと抱き留めたまま、聞き返す。
「本当は視えているんじゃないかって…あ、ごめんなさい。失言でした」
いつも、彼女は良く言葉を選んでくれた。私は大して気にならないのだが、それでもその一つ一つの気遣いが、とても暖かい。
「失礼ですね、視えていると言ったでしょう」
「え?」
彼女は不安げな声を上げた。触れている位置からの憶測だけで、目を合わせてみる。
「貴方のことだけは、何もかも、くっきりと。視えていますから」
晴れることのない闇の中で、貴方が少し、笑ってくれたような気がした。
エイプリルフール
例え、今日が今日でなくても
私はそう答えていたでしょう
私はそう答えていたでしょう