私がなくしたものを、あなたは持っているじゃない




 私ね、昔、ヒーローになりたかった。



「昔よ、ずっと昔のことだわ。どのくらい昔なのかって………とにかく、それすら忘れるくらいに、昔のことよ」


 彼女の口から、まるで子供のようにたどたどしく紡がれる言葉。

 私からすれば全く恥ずかしがることなどないとは思うのだが、弁解する彼女はどこか可愛らしくて、先ほどまでの刺々しい雰囲気はどこかへ失せてしまっていた。


「だからよ」

「…何?」

「だから、貴方のことが嫌いなのよ」


 そして彼女は読みかけていた本に視線を戻す。まるで"話は終わった"と言わんばかりだ。

 冗談じゃない、何も解決していないではないか。


「待ってくれ。それだけでは何もわからない」


 彼女の動作が、本を"眺める"から"睨みつける"に変わった。これでもかと言うほどに、眉間に皺が寄っている。それでも視線は、私には向けられない。

 彼女がこうして、人と目を合わせようとしない時。


「何がそんなに、不満なんだ?」


 それは悲しかったり、寂しかったり、悔しかったり、何かを言いたいのに言えなかったり、もどかしい時。ずっと彼女を見つめ続けてきた私には、わかる。

 本人すら気付いていない、私だけが知っている、彼女の癖。


「私が出来なくて諦めたことを、貴方は、平然とやってのける」


 だから、嫌いなのよ。

 会話を断ち切るように向けられた背中。それすらも何だか愛しくて、そっと腕を回した。


「…ああ、なんだ、そういうことか」


 なるほど、とは思う。実に彼女らしく、実に愛おしい。

 わかってしまえば、毒にも刺にも攻撃力などありはしない。そんなものは、彼女を彩り際立たせる為の装飾品だ。

 小さな背中を、この上ない程慎重に抱きしめる。意外なことに、抵抗はされない。



「何も恥ずかしがることはない。君は堂々と、私に憧れて良い」



 私の数年を捧げて、やっと今、私の腕に収まってくれた君へ。甘い香りに包まれながら、ただただ愛しさが募り、積もる。

 彼女はたったの二文字を、私に放つ。



 ばか。



「その六、自意識過剰も追加」



私がなくしたものを、あなたは持っているじゃない



( 夢、とかね )



お題
魔女のおはなし
 

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