01


「おかえりなさい、アキハくん……と…?」
「詩花、です。俺の遠い親戚で昔馴染みなんですが、さっきバッタリ会いまして」

明葉は男の人……キースさん、の言葉に一瞬怪訝そうな表情をしたけれど、スラスラ答えていく。わたしだったら目が泳いだりしちゃってきっと無理だなあ。

「そっかそっか〜詩花ちゃんも旅人なのかな?」

そんなことを考えていると、わたしに話を振られた。ど、どうしよう。何て答えたら……。ここに来るまでのちょっとの間で明葉に、俺が事情説明するから何か言われても黙っているように、って言われたばっかりだった。でも、思いっきりわたしを見て聞いてきてるし、わたし自身が答えないと、ちょっとおかしいよね……?黙っているのも変だし、とりあえず肯定しておこう。

「はい、わたしも旅をしているんです」
「女の子一人で、ですか?」
「はい、まあ……」
「今日まで見かけていないけど、ついさっき来た、って感じなのかな?」

こ、こんなに突っ込んでくると思わなかった……どうしよう……!?わたしが言葉につまっておどおどしていると、すかさず明葉がフォローに入ってくれた。

「すみません、コイツ、昔からちょっと人見知りで……」
「あはは、ごめんね。僕もいきなり質問攻めしすぎてしまいました。お腹も空いているでしょう?とりあえず、ご飯にしましょうか」

その言葉に心の雲はみんな飛んでいって晴れやかになる。そんな心境が顔にも出てしまっていたのか、キースさんにふふ、と笑われてしまった。恥ずかしい。
お昼ご飯は、カレーだった。もう一人増えたし、カレーにしておいてよかったです、と笑顔で3人分のカレーライスを持ってきてくれた。カレーのいい香りに、自然と頬が緩む。なんつー顔してるんだと明葉に突っ込まれちゃった。失礼な〜!ご飯は幸せの源なんだよ!
ところで、とカレーを上品に口に運びながらキースさんは言った。

「ところで、一緒に此処へ来たということは、アキハくんとシハナちゃんは一緒に旅することにしたんですか?」
「はい、まあそんなとこです。」
「…そうですか……。昔馴染みなら積もる話もあるでしょう。そこの部屋、使えるようにしておいたので、御自由に使ってくださいね。ベッドは1つしかないので、どちらかにはお布団を使ってもらうことになってしまいますが……」
「何から何まですみません……布団で充分ですから。俺一人なら野宿も憚りませんし。」
「おやおや、頼もしいですね。旅人であればそういうこともありますか」

とりとめもない話をしながらも手は止めずに食べ続けていると、あっという間にお皿は空になってしまった。キースさんはおかわりは?と聞いてくれたけれど、元から結構な大盛りだったので、わたしは遠慮した。明葉は悪いと思ったのか最初は断っていたけれど、結局キースさんに男の子なんですからそれくらいじゃ足りないでしょうとかなんとか押されておかわりをもらった。

「アキハくんはまだ食べてるし、シハナちゃん先に部屋で休んでたら?歩いてきたなら疲れてるでしょう?」
「あ……ありがとうございます。そうさせてください」

わたしは久しぶりに泣いたせいか、結構疲れていたから、ご好意に甘えて先に部屋で休ませてもらうことにした。……久しぶり?わたし、泣くのは久しぶり、なのかな……何気なく浮かんだ言葉が、胸に引っかかる。分からない……。思い出そうとしても、頭の中はもやがかかったように覆い隠されていて、ズキリと痛むだけだった。

部屋に入ると、ふかふかで気持ちよさそうなベッドが目に入り、吸い寄せられるようにそこに足を向ける。ボフン!と想像通りの気持ちいい音がした。いけないと思いつつも、ふかふかのベッドに突っ伏していると、嫌でも瞼が落ちてくる。明葉が食べ終わるまでの少しだけ…少しだけなら、いいかな……。そう思うことにして、わたしはまだ陽の入る、普段よりも少し明るい暗闇に身を委ねた。


***


「では、少し早いですが布団、どうぞ」
「本当にすみません…ありがとうございます」
「いえいえ、僕はいつまでいてもらっても大丈夫ですから、ゆっくりしていってくださいね」
「いえ、詩花も急いでるみたいなので、今日相談して明日には発つつもりです」
「おや、それは残念です……では、僕は向こうの部屋にいますので、何かあったら声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

おかわりも食べきった後、部屋へ行こうとする俺を引き止め、キースさんはすぐに布団を持ってきてくれた。至れり尽くせりのようでなんだか申し訳ない。実際助かっているし、声をかけたのがキースさんで本当によかったと思う。俺が明日には発つことを伝えると本当に残念そうな顔をしていた。1人で暮らしていると言っていたし、こういう来客もなかなかないのだろう。……寂しい、のかもしれない。っと、これは余計な詮索だな、と考えるのをやめた。
部屋の扉はほんの少しだけ開いている。扉くらいしっかり閉めろよほんと。と言おうとした、のだが……

「詩花……寝てる……?」

「…おーい…………」

……寝ている。全く……たしかに食べると眠くなるということには同意するが、いくらなんでも無用心すぎる。何をする気があるわけじゃあない、ないが、自分の性別を顧みて警戒心というものを持った方がいいと思う。待てよ、そもそもコイツ女か……?女装しているだけという線は……?いや、これは考えて分かるようなことじゃない。無駄なことはやめよう、と思い直す。こんな考え事をしながらも、声をかけることで起きてはくれないかと試していたが、すーすーと小さく気持ちよさそうに寝息をたてているのみ。

「駄目だな、これは……」

俺はそう呟いて、どうしようかと考える。とりあえず、抱えていた布団を床に敷いておくことにした。我ながら綺麗に敷くことができた布団を見ると、ベッドもふかふかで気持ちよさそうだったが、布団もなかなかだと思う。ふんわりした掛け布団を眺めていると、俺にも睡魔が笑いかけてきた。……一人で起きていても行き先を決められるわけでもないし、いいよな……?誰に咎められているわけでもないが、自分に言い聞かせるように、言い訳を並べていく。部屋の時計を見やると、まだ1時すぎ。1時間や2時間寝たって罰は当たらないだろう。少し眠って、起きたらすぐに詩花を起こしてこれからのことを相談しよう、と決意し、瞼を閉じた。


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