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「ねえ、あなたがつけてよ!」
「っはぁ!?」

はあああああああああああ!?心の中では俺はこれぐらい叫んでいた。我ながらよくここまで抑えたと思う。俺につけろ?名付け親になれと言うのか?そんな重大な役目を負いたくはない。どうしてそんな名案!みたいな顔をしているんだ……どこが名案なんだ頼むから自分で決めてくれ…

「いやいや、こんな会ったばかりなのに俺につけろとか、そんな無茶な……」
「でも、野生のポケモンを捕まえたトレーナーはみんなその場で決めてるよね?」
「ぐっ……いや、俺、トレーナーじゃないし…」

…アデルが名前をつける場面は見たことがあるが、俺が名前をつけたことなんて一度もない。当然だ。俺はポケモンなのだから、親でもないのに同じポケモンに名前をつける機会などあるはずがないのだ。
どうにして逃げ切……と思ったが、目の前の女の子は目を瞑り手を前で組み、俺につけろと無言で懇願(ここまで来ると若干の威圧を感じるが)している…。
もしここでまた泣かれたら今度こそ困る。既に共に来ると約束してしまった手前、見捨てるつもりはないし、例え今までの涙が俺のせいではないにしろ、女の子をそう何度も泣かせるのは気分が悪い。それにどう対処したら良いか分からない。
……俺の仲間の女どもは“女の子"と呼べるような性格をしていない。アデルがいない時は非常に口が悪いし嘘泣き以外の涙なんて見たことがなかった。そんな女とばかり接してきた俺は、そういうわけで、本当に泣かれるとどうしていいか分からないのだ。
−―ならば名前を考えなければならない。だがいきなり考えようとしたってぽんぽん浮かんでくるものでもないのだ。
何かヒントを得ようと、辺りを見回すと一面花、花。それはそうだ、元はと言えばキースさんに花畑を見てきてはどうかと勧められここに来たのだ。花……安直だが花を使わせてもらおうか。一面花だから……一花(イチカ)、いや、それは本当に安直すぎる。恐らくそれでも文句など返っては来ないと思うが、流石にどうやって考えたか思考がバレバレになってしまうだろう。それはできる限り避けたい。
一面…言いかえれば四面全てが花……四花(シカ)?シカではイントネーションは違えど鹿をイメージしてしまう。読み替えて…シハナ、の方が良い。いや待て、読みはそうするにしても、また数字では一花よりはマシだがやはり安直さで言ったら微妙なところだ。それに四という数字はどこかの国では不吉であるとされていると誰かから聞いたような……。なら漢字を変えよう。し…子…視……死……それはない。自分の持つ漢字の知識の引き出しをひっくり返して探す。……紫はどうか……でもどう見ても女の子の身につけているものに紫色は見当たらない。駄目だ、思いついては自ら否定していくことしか出来ていない。
−−詩
そうだ、詩。イメージに、ぴたりとはまった。
……ああ、疲れた。時間にすればほんの少ししか経っていないはずなのだが、どっと疲労が出てきた。疲れとようやく決めることが出来た安堵から、思わず溜息が溢れる。すると女の子の肩が少しビクリと震える。そういえば名付けを引き受けるとも何とも言わないままに黙って考え込んでしまったが、怒っているのだと思わせてしまっただろうか…。
溜息の反動ですぅと息を吸い込んで、その名を告げる。

「詩花」
「…え?」
「詩に花と書いて、“シハナ"……気に入らなかったら自分で決めろ」
「詩花……」

シハナ、詩花とブツブツ呟いている。表情が、みるみる明るくなっていくのが見て取れた。気に入って、もらえた、のだろうか。

「ありがとう!じゃあわたしは今から詩花だね!」
「……ああ」

その眩しいほどの笑顔でありがとう、と言われると、途端に照れ臭くなってきた。自分の顔がさっきよりも少しだけ火照っている。そんな顔を見られるのが嫌で、無意識に俺は下を向いた。

「あ」

女の子…詩花の声に反応して顔を上げると

「ねえ、あなたの名前は?」

あー…やってしまった。こういう時は警戒されないためにも自分から名乗るのが基本だと、アデルにいつも言われていたのに、記憶がない等ととんでもない事を言われすっかり忘れていた。いや、相手のせいにすべきではない。俺の落ち度だ。
そういえばキースさんにも名乗っただろうか……今しがた名乗り忘れたことが余程堪えているのかほんの少し前のことであるのにあまり思い出せない。戻ったら、恥を忍んで名乗ったか聞いてみるしかないか、と考えているうち、中々話しださない俺に詩花は不思議そうな顔をしていた。

「俺の名前は、明葉。明るいに葉っぱの葉で“明葉"。」

こうしてようやく俺は、自らの名を告げたのだった。



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