06
「わたしの帰る場所、一緒に探して欲しいの!!」 恐る恐る言い放った言葉に、男のひとの表情は困惑で固まっている。 「…その、悪いが、俺は、ちょっと」 少しの間のあと、帰ってきたのはやっぱり歯切れの悪い答えだった。 でも、何もないわたしには今、頼れるひとはこの人しかいない。独りぼっちはいやだ…… ざわざわと風がざわめいている。 「お願い…!ここがどこなのかも、分からないの…どうしても、一人じゃ、不安、で」 まだしゃべっている途中なのに涙がこみ上げてきた。どうしよう、伝えなくちゃいけないのに。ここでまた泣いたら、迷惑なやつだって、見捨てられちゃうかもしれない。いや、いやだ。そんなの、耐えられない……。手に持つハンカチをぎゅっと握りこんで涙を止めようとがんばってみるけれど、どうにもならなかった。 時折強い風が吹いて、花びらを吹雪かせている。このお花たちみたいに、このままわたしも散っていく運命なのかな…… わたしがそれ以上何も言えないでいると、男の人はため息をついた。ああ、もう、だめだ。きっと、わたしを置いていってしまう。堪えていた涙が溢れていく。 するとわたしに一歩近づき、すっと手を伸ばしてきて、何をされるのかと思わずビクッとなってしまった。そんなわたしに一瞬手を止めかけたみたいだけれど、そのまま髪についたはなびらをそっとつまんで、男の人は言った。 「……実は俺も、今、困っているんだ。俺にも協力、してくれるか?」 わたしは目を見開いた。独りぼっちじゃない?一緒にいてくれる…?うれしい、うれしい…!さっきとは違う涙が溢れ出てくる。 わたしは力強くうなずいた。 「…っもちろん…!」 さらに大きくわあわあと泣き出してしまったわたしに、男の人はおろおろとしている。手の中のハンカチの感触がするりとなくなったと思ったら、まぶたにそれは降りてきた。涙を拭いてくれているみたい。 「…ハンカチ、………別に、すぐ返してくれなくても、いい、から」 「……う、ん。…ありがとう」 涙が収まってきたと思ったら、今度は笑みが溢れる。心配そうな顔が、ちょっとおかしくって。 「……ふふっ」 「なんだよ、何がおかしい」 「あは、ははは」 一瞬にしてしかめっ面になって、余計におかしくなってきちゃった。おろおろしたり心配したりしかめたり、忙しい人だなあ さっきまでいやに吹いていた風が止んでいる。時折ふわりと優しげな風の流れができているけれど、もう花を散らすほどではなくなっていた。 「そういえばさ」 「?」 「お前、名前も分からない…んだよな?」 そう聞かれてはっとする。わたしは何にも覚えていないけれど、さすがに名前がなかったら不便だ……。 「うん…」 「んーーどうするかな……とりあえず思い出すまでの仮の名前、自分で決めろよ」 自分で名前をつけるというのはなかなか難しい。そもそも自分のことなんてなにも分からないのに、無理だよ……。少しの間どうしようと唸っていたわたしだけど、たった今、名案を思いついた。 「ねえ、あなたがつけてよ!」 「っはぁ!?」 私がそう言うと、目をむいてそう叫んだ。うーん、名案だと思ったんだけど、だめかなあ…… 「いやいや、こんな会ったばかりなのに俺につけろとか、そんな無茶な……」 「でも、野生のポケモンを捕まえたトレーナーはみんなその場で決めてるよね?」 「ぐっ……いや、俺、トレーナーじゃないし…」 わたしにしてはなかなか考えたダメ押しだと思ったんだけれど、まだだめかあ……こうなれば必死にお願いするしか、ないかな。 お願い!と神様に祈るようなポーズで目をぎゅっとつむってお願いする。 しばらくそうしていると、またため息が聞こえてくる。もしかして、怒らせちゃった……? 「詩花」 「…え?」 「詩に花と書いて、“シハナ"……気に入らなかったら自分で決めろ」 「詩花……」 シハナ、詩花と頭の中で繰り返す。…うん、いい感じ。ストンと入ってきて落ち着く。 「ありがとう!じゃあわたしは今から詩花だね!」 「……ああ」 そう言うと男の人は少し俯いてしまった。ちょっと耳が赤いような…?そして頭の中でだけだけれど、男の人、という呼び方にあ、と口に出てしまった。するとわたしの声に反応して、顔をあげてくれた。 「ねえ、あなたの名前は?」 そう聞くと、あー…と少し決まり悪そうに首の後ろを触っている。どうしたのかな?わたしが不思議そうにしていると、男の人はわたしの目を真っ直ぐ見た。 「俺の名前は、明葉。明るいに葉っぱの葉で“アキハ"。……そんな不思議そうな顔すんなよ、ちょっと、先に名乗らなかったのを…後悔、してただけ。」 「明葉、かあ…素敵な名前だね!でも明葉って多分くさタイプのポケモンとかじゃないよね?なんではっぱ?」 「なんでそこまで分かるんだよ……」 「うーん、なんていうか、あんまり花とか草とかと融和?してない?みたいな……特別仲が悪そうな感じも、しないけど」 明葉はまたちょっとしかめっ面になっている。わたしがそういうことを言い当てるの、あんまり気持ちよくないのかもしれないなあ……気をつけないと。 そんなことを考えていると、楽しげな音楽が聞こえてきた。何の音だろう?どうやら時計から流れてる…のかな 「もう、12時か。早いな……。とりあえず、自己紹介はまた後にして、家に戻るぞ」 「明葉はここらへんに住んでるの?」 「あー……いや、そういうわけじゃないんだが……キースさんに何て説明しよう……」 何やらブツブツと呟いているけれど、よく聞こえない。空気を読んで黙っていたら、思いっきりぐう〜〜と音が。わたしはかああと顔が熱くなっていくのを感じた。考えているのを邪魔しちゃいけないと思ったのに、これじゃあ台無し…!明葉もはは、と笑っている。ひどい! 「ぷっ…くく、なんだよその顔…!お腹空いてるなら、もう行こうか。きっと正直に話せば大丈夫だとは思うしな……あ、というかそもそもお昼お前の分まであるか…?」 「え……ごはん……ないの……?」 「っはは、そんなこの世の終わりみたいな顔すんなって!これ以上笑わせないでくれよ…くっ……。なかったらなかったで俺のを分けてやるから心配しなくていい。」 そう言ってくれたのはうれしいけど、いつまで笑ってるの!もう!つられてわたしまで笑えてきちゃった! −−泣いたり笑ったりしているうちに、いつのまにかあんなに酷かった頭痛はどこかへ飛んでいってしまったみたいだ。 晴れやかな気持ちで一歩、明葉に続いて前へと踏み出した。 |