05


「あ、あの、その、ごめんなさ、」

俺の溜息にさらに怯えた様子で必死に謝ってくる。幻覚扱いで傷つかなかったかと言われれば、少し胸に来るものがある。が、それくらいで怒るほど餓鬼ではない。

「…そんなに怯えるなよ。」

そう声をかけると、さらにう、だとかあ、だとか意味をなさない音ばかり発して狼狽えた様子だが、俺はそんなに恐ろしい顔でもしているのだろうか。
ざあっと風が吹いて少しだけ花弁が散っていく。と、その花弁の幾枚かが目の前の女の子の髪にひっかかった。

「で、も、その、えっと、」
「落ち着け。まずは深呼吸。」

花弁が気になるが、ここでまた手を出せばさらに怯えられてしまうだろうことくらいは想像に難くなかった。
すーはーと段々と規則正しくなる呼吸音を、口を閉ざして聞く。
そして次第に風の音だけしか聞こえない沈黙になり、ようやく口を開いた。

「…さっきは、取り乱して、ごめんなさい。」
「ああ」

俺は短く返事をする。せっかく落ち着いたのだからあまり余計なことを挟むのは得策ではないと考えたからだ。

「それから、その、ハンカチ、ありがとう。洗って、返す、から」

それは少しばかり困る。あのハンカチは出来る限り肌身離さず持っていたい。
だがここにいたということはこの町に住んでいるのだろうか。あまり子供はいないのではなかったのか、まあ確かに1人もいないとは言っていなかったが、とキースさんの言葉を思い出す。

「別に、気にしなくていい。…お前、この町の子供か?そろそろ昼時だから、早く帰った方が」
「分からない、の」
「―っ、は?」

俺の言葉を遮るように放たれた言葉は、瞬時には呑み込めなかった。と同時に眉を顰めてしまう。分からない、というのは、どういうことなのか。

「どこに住んでるのか、とか、どうやってここに来たのかとか…わたしのこと、なにもかも」

俯き加減で表情はあまり見えないが、申し訳なさそうな声色だった。
そう言ったきり黙ってしまったため、二人の間には再び静寂が流れた。

「…記憶が、ないのか?」

処理が追いつかず混乱してきた頭を働かせやっとのことで言葉を返す。

「何も、思い出せなくて。気づいたら、ここにいて。早く、帰らなきゃいけないってことしか」

それは最早記憶と呼ぶよりも本能と呼んだ方が正しいのではないかと思う。ポケモンが自らのトレーナーを求めるのと同様に、人間の子供にもそういった本能はあるだろう。

「自分の名前もか?」
何もかもとは言っていたが、駄目もとで尋ねる。
「…うん。あと、わたしは、ポケモンみたいなの」

肯定なのは予想していたことだ。だが、そのあとの爆弾は全く予期していなかったことだった。
軽率に他人に晒して良い事実ではない。
俺は物心ついた頃にはもうそのことを理解していたが、それは本能ではなく学習によるものだったのだろうか。

「っおい、そんなこと軽々しく」
「だってあなたもポケモンでしょう?」

息を詰める。今度は俺が狼狽える番だった。
俯いていた顔があがり、しっかりと目が合う。俺は思わず目をそらした。
擬人化に何か不備でもあるのだろうか。もしそうならば早急に何とかしなくてはならない。
焦った俺は自分の体をペタペタと触り、見回した。

「どこも擬人化におかしなところはないよ。大丈夫、多分わたしにしか分からない」

再び吹いてきた風に花弁がひとひら髪からはらりと落ちる。

「なぜ分かった…?」

不備がないというのならば尚更恐ろしい。こんな幼い女の子―改め、ポケモンに察知されてしまうというのであれば、大問題だ。こうしてアデルと離れてしまってもまたか、などと悠長に探している場合ではない。
万一心根の悪い人間やあの団体にでも見破られては心臓に悪いのだ。

「なんとなく、かな。なんだかあなたはポケモンのような気がして」

しかし、返ってきた答えは随分と呑気なものだった。ただの感覚でよく断定的な言い方をできたものだ、と思う。
はあ、と溜息を一つついて、本題はそこではない、と思い直した。

「ところで、お前、これからどうするつもりだ?帰らなきゃいけないと言っても、何も分からないんだろ?」

そう問いかけると、また俯き、声も小さくなり何を言っているのかよく聞き取れなくなった。恐らくまた、特に意味を成していない呟きだろう。

「……あの、それで、そのこと、なんだけど」

少しの逡巡ののち、ゆっくりと顔をあげ、意を決したようにまた俺を見据えてくる。


「わたしの帰る場所、一緒に探して欲しいの!!」


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