鉢屋三郎



「かくて、何故儂は縛られておるのじゃ?」

「こうでもしないと逃げるでしょう」


食堂から自室へと戻る帰り、突然誰かに拉致された。
まあ、拉致と言っても学園内なのだが。


「逃げぬ逃げぬ。じゃから縄をほどけ三郎」

「下の名前で呼ぶな、この引きこもり」


早くも敬語が外れている。何やらかなり焦っているらしい。・・・・・・そういえばコイツ、全校集会はサボったのだろうか。
そんなどうでも良いことを考えていると、体から圧迫感がなくなる。
意外にも早く縄をほどいた鉢屋五年生を見ると、彼は不機嫌そうに眉根を寄せた。


「話がある」

「まあそうじゃろうなあ…………例の、天女のことか?」

「……何故知ってる?」


鎌をかけてみただけなのに、一瞬、驚いたような顔をみせた。
いくら変装名人と言っても所詮は人間。表情を変えてしまえば元も子もない。
いきなり拉致されて縛られた仕返しにそう言ってやれば短く、五月蝿い、とだけ返された。


「わざわざ全校集会をサボってまで、儂を捕まえると言う理由を考えてみれば、理解するのは容易いぞい?
それに他の者は連れて来ずに一人で、じゃ……かくて、お主は一体何にそう焦っておる」

「……ちっ」

「煙管は?」

「……わーったよ」


鉢屋の了承を得、懐から出した煙管に火をつける。
辺りにはあっという間に、薬草の匂いが充満した。


「して、儂を捕まえた理由は何じゃ?」

「……」

「話してみい。なあに、誰にも言わんさ。」


儂が首をかしげて促すと、しばらくの沈黙のあと、鉢屋五年生が再び口を開いた。


「……雷蔵たち、が」













鉢屋五年生の話を簡潔にまとめると、こうだ。





鉢屋五年生と仲の良い不破五年生たちが、皆天女に夢中になってしまった。

口を開けば天女天女天女────元々天女を疑っていた鉢屋五年生は、仲間たちが毒されていくのに耐えられなくなったそうな。

さっき言った通り、いくら変装名人と言われ実戦成績もトップでも、あくまでもまだ忍者のたまご。つまりは子供だ。

今まで信頼してきた仲間が、友達が、突然自分の周りから離れていってしまったことは、一大事だろう。





しかしそれにしてもこんな弱弱しい姿の鉢屋五年生の姿を見るのは久しぶりだ。
・・・・・・それこそ、彼が一年生の時以来かもしれない。


「……何故、そんな話を儂に?」

「……俺はお前が嫌いだが、だからこそ話せるもんってものあるだろう」

「確実に天女派ではないと確信できるから……か」


相変わらず天邪鬼な考えにため息をつく。
煙管を吹かして再度鉢屋五年生を見ると、目にうっすらと涙が見えた気がした。
こんな姿も、久々に見るかもしれない。













「泣くのなら胸でも貸してやろうか?」

「……いや、良い」


いつもなら悪態の一つや二つ付くものを。
今日ばかりはそんな彼を、からかうこともできなかった。











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