自殺相談所



「貴女は何故ここに?」

とあるビルの一室に、それはあった。
殺風景な白い部屋の真ん中に、小さなテーブルと丸椅子が二つ。
一つには黒スーツを着たいかにも営業マン風の男が、もう一つには派手な化粧をした若い女が座っていた。

「人生に疲れちゃったんです…就職先は無いし、彼氏には浮気されるし、もう何も良いことなんてない気がして」

女が俯きがちに答える。すると男はなるほど、と頷いて、分厚いファイルを取り出した。

「それは…?」
「ああ、これは良い自殺場所を明記したファイルですよ。そうですね…ここの廃ビルなんてお薦めなのですが…」

男がファイルを幾度か捲り、廃ビルの写真を見せる。
しかし女が黙ったまま、写真を見るわけでもなく蔑むような目で自分を見ているのに気がつき、首をかしげる。

「どうかしました?」
「…何も思わないの?」
「何がですか?」
「目の前で人が死ぬって言ってんのに、何も思わないのかって聞いてんのよ!!
慰めるとか、そういうのは無いの!!?」

女が立ち上がって叫ぶような金切り声で怒鳴る。静かな部屋には、充分すぎるほど響いた。

「……同情、されたいんですか?」

それに答える男の声は、先ほどの穏和なものとは打って変わって、冷たかった。

「ここは、自殺をする手助けをする場所です。それに文句があるなら、お引取り下さい。」

男がそれを言い終わるやいなや、女は反射的に出口に向かっていた。しかし男は別段止める様子もなく、出ていく女を無言で見送る。
すると、女と入れ替わりに別の人間が入ってきた。

「あの…なんか今の人、血相変えて走っていきましたけど、良いんですか?」
「別に構いませんよ。それより貴方は?」
「あ、電話で予約した中村です。」
「中村さんですね、少々お待ちください。あ、座って構いませんよ」

出ていった女用のファイルを片付け、床に置いてあった黒鞄から別のファイルを取り出す。

「ええと、中村……シュンイチ≠ウん?」
「それ、トシカズ≠チて読むんです」
「ああ、失礼しました。
えっと…ではまず初めに。私、この度中村さんの【自殺計画】のお手伝いをさせていただく、佐々木と申します。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」

佐々木と中村がお互いに頭を下げる。これだけ見ればまるで会社の面接のようだが、しかし会話内容はまるで違っていた。

「それでは早速、説明に移らせていただきますね。」
「一応電話で申し込んだ時に聞きましたけど」
「最終確認です。勘違いで来る方もいらっしゃるので…同じことなので聞き流してもらっても構いませんよ」
「いえ、負担額とかちょっと曖昧なので、聞かせてもらいます」

中村の答えに佐々木が頷く。
嫌な客だとここで早くしろだのわめくのだが、この男は良い客だ。

「それでは説明させて頂きます。
今回中村さんが申し込まれたのは【自殺計画】。これは私達『自殺計画所』が、中村さんの死のお手伝いをさせていただきます。
自殺に必要な場所や道具は勿論こちら側がご用意させて頂きます。
中村さんが死亡の際、銀行口座に預けられている中村さん名義のお金は1割をこちらに、残りの9割をご家族の方に譲渡となります。ご家族がいらっしゃらない場合は、その分を寄付金と致しますが」
「田舎に母がいます」
「では死亡後、お母様の口座に振り込んでおきますね。あくまで死因は自殺なので、保険などは効きませんが」
「わかってます」
「あと、これは出来れば起こらないでほしいのですが…もしこの自殺計画が失敗、また予想外の事故等が発生した場合、中村さんはこの計画の事を一切他言無用とさせて頂きます」
「はい」
「ではここにサインを」

佐々木が誓約書の紙とペンを出すと、中村はなんの文句も躊躇いもなく、それに自分の名前をサインした。

「印鑑はお持ちですか?」
「いいえ」
「では指紋で構いません。どうぞ。」

佐々木が黒鞄から朱肉を取り出すと、これもまた中村は迷い無く印を押した。
ここまで物分かりが良い客は久しぶりかもしれない。大抵は説明をしても質問をされたりするのだが、今回はスムーズに進みそうだ。

「説明は終わりですか?」
「はい、ありがとうございます。
ではこれからは、自殺方法や自殺場所の話し合いになります。」

佐々木が再び黒鞄から違うファイルを取り出す。その中には廃ビルや廃屋の写真が数十枚入っていた。

「中村さんに合ったものをいくつかピックアップしてきました。ご説明致しますので、中村さんが一番納得いくものを選んで頂ければ」
「あ、はい」

中村が頷くのを見て、佐々木がファイルを開く。

「最近のお客様で一番多いのはマンションの一室や廃ビルを借りての首吊りと飛び降りです。
ただ、飛び降りはもし下に人がいた時、その方まで巻き込んでしまう危険がありますね」
「人を巻き込むのはちょっと」
「ではこちらも定番なのですが、リストカットなんてどうでしょう?」
「ドラマとかでよくありますよね。」
「まぁ、死亡原因は過度な出血ですからね。ですが、これなら極力他人に迷惑がかかることは避けられます」
「それは良いですね。あ、でも他にどんなのがあるかも知りたいです」
「他ですか?他でしたら…」

佐々木がファイルを幾度かめくり、写真を中村に見せる。

「これは?」
「青酸カリです」
「…初めて見ました」
「そうでしょうね。」

写真に写った白い錠剤を見て、中村が関心の声をあげる。普通に生きていれば青酸カリの写真なんて見ないだろう。

「青酸カリだと、少量ですぐ死ぬことが可能です。意識が途切れるまで、少し苦しいのが欠点ですが。
薬品系ですと、睡眠薬や精神安定剤等の大量服用による副作用なんかがありますかね。これらは薬局などで簡単に購入できます」
「あの、ちょっと前に一酸化炭素中毒の集団自殺とかありましたよね?」
「一応ございますが、中毒死となると一般家庭のガス栓なんかでは死ねませんから、車で密室状態を作って練炭を燃やすとかですかね」
「…なるほど」
「どうします?」
「うーん…」

中村がファイルを捲りながら小さく唸る。最初と違って意外と優柔不断だな、と佐々木が思った時、ふと一つの考えが佐々木の脳内をよぎった。

「中村さん」
「はい?」
「貴方、死ぬ気あります?」

ファイルから目を話した中村が、佐々木の問いかけに目を丸くする。
違和感はあったのだ。
説明のときは物分かりが良かったのに、いざ決断するとなると突然駄目になる。普通ここまで来たら吹っ切れてあっさり決めてしまうのに。
しかし佐々木の予想とは裏腹に、中村は再び顔に偽物のような笑みを貼り付けていた。

「やだなあ、何言ってるんですか?死ぬ気が無かったら、こんな所に来ないですよ。」
「そうですが…あまりにも中村さんがそう見えたので」
「でも、あながち間違いじゃないかもしれません」
「どういう事ですか?」
「死ぬのも生きるのも、変わらない気がするんです」

中村の言葉に、佐々木は首をかしげる。中村は依然微笑んだままで、表情から真意はわからなかった。

「さっき、母がいるって言いましたよね。でも、病気で入院して、もう長くないらしいです。」
「……」
「だから死んでも問題無いって思ったんですよね。でも、改めて考えてみれば、生きるのも、結局誰にも迷惑かからないなあって」

先程までの会話が思い出される。中村は、自殺方法には一切文句を言わなかったが、他人に迷惑がかかるものは即座に切り捨てていた。

「だから、なかなか自殺方法を決められなかったんですね?」
「はい。というか他人に迷惑がかからないって言われても、後処理は佐々木さん達がするんですよね?それだったら、『誰にも』迷惑がかからないって言うのは嘘じゃないですか」

確かにそうだ。完全に誰にも迷惑をかけない方法なんて、ほぼゼロに等しい。
この男は、人に迷惑をかけるのを異常な程に嫌うのだ。

「それで……どうすれば良いですかね?」
「……」

中村に悪気はないのであろう。しかし、ここは自殺提供をする場なのに、ここまで否定されると………
佐々木は少し考えた後、机の上に開いてあったファイルを片付け始めた。

「どうかしましたか?」
「中村さん、自殺相談は終わりです。お帰りください」
「え、あ、さっきのことが気に食わなかったのなら謝ります。ですがまだ」
「いいえ、違うんです」

少し慌てた様子の中村に、佐々木は笑顔を見せる。これには些か中村も驚いたようだ。

「死ぬのも生きるのも、変わらないと言いましたよね?」
「はい」
「じゃあ、死ぬ必要なんて無いじゃないですか!こんな仕事をしてる私が言えることではないですが、折角与えられたお命、大切にしてください」




■□■□■




あのあと、中村は「今から母のお見舞いに行ってきます」と言って、上機嫌で去っていった。
別に佐々木は嘘をついたわけでもない―――だが、本心を言ったわけでもない。
たしかに、命は大切だ。
だが、その大切な命を粗末に扱う人間を見るのが、佐々木は楽しくてしょうがないのだ。
しかし、今回は厄介な客だった。ああいう屁理屈を言う人間は、どうも苦手だ。



だからこそ、生きる道を進めた。



死んだら迷惑がかかるから、生きる。
間違ってはいないように思えるが生きることの方が、死ぬよりも多くの人間に迷惑をかけることになる。
つまり、佐々木は同時に、中村に生き地獄を味わわせることを決めたのだ。
果たして、本人がそれに気づくのはいつの日か――――

「…あのう、すみません」

突然声をかけられ、ドアの方を見る。そこには真新しい制服に身を包んだ、高校生くらいの少女の姿。よく見ると、少女の手首には白い包帯が巻かれていた。

「えっと…ここに来れば、死ねるって聞いたんですけど」

不安そうに尋ねる少女を見て、思わず口元が緩んだ。
そう、こういう客が、一番やりやすい。
佐々木は、少女に本日一番のとびきりの笑顔を向けて言った。














「ようこそ、『自殺相談所』へ」














*****


2011年度夏部誌作品。
読み直すと意外と厨二。




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