6月22日
俺には母親の記憶が殆どない。俺が幼い時に亡くなってしまった。
「カカシ、寝る時間よ」
でも、この時の記憶は強く脳裏に焼き付いている。
俺が選んだ本を、母さんが読んでくれた。父さんと母さんが一緒に寝ている布団に母さんが座り、その膝の上に俺が座る。
俺の前で頁を捲りながら、優しい声で読んでくれる。
俺の好きな話は、悪者をヒーローがみんなと力を合わせて倒す話だ。単純明快で、何よりも仲間を大切にする所が好きだった。
優しい母さんが読むと、極悪非道の悪者も、ヒーローも、誰もが優しくなってしまう。
優しい母さんの声、ページを捲る音、温かい膝。天国が本当にあるとしたら、きっとこんな世界何だろうと子供ながらにいつも思っていた。
結末に到着するまで、俺は起きていたことがない。今度こそ、今回こそちゃんと聞くぞ!と意気込んでも、柔らかな母さんの空気に包まれたら、どうしても眠ってしまうのだ。
だから、物語の最後がいつも決まっていたことを知らなかった。
物語の最後がいつも幸せに終わることを知ったのは、俺が大人になってからのことだった。
「そして、いつまでも幸せに暮らしました、とさ……あら」
「ん?どうしたの?」
「寝てる」
名前の膝の上で、息子が首を折れるんじゃないかと変な方向に向けながら眠っている。半開きの口から涎が垂れて、名前の膝を濡らしていた。
「ベッドで寝かせなきゃね」
「俺が運ぶよ」
「助かるわ、足が痺れちゃったの」
「日に日に重くなってるからね」
息子をベッドに寝かせて、夫婦の寝室に戻れば名前が布団で待ってくれていた。
「ね、俺にも読み聞かせしてよ」
「ええ?何を読んで欲しいの?」
「イチャイチャパラダイス」
「おばか……」
冗談だって、と名前に謝る。
「分かってるって、読んであげる」
クスクス笑った名前の笑い声は、数少ない母さんの記憶にそっくりだ。
息子の本棚から取った本は、よく母さんに読んで貰った悪者とヒーローの物語。
「カカシもこの本が好きなの?」
「ん、まーね」
「親子は似るのね」
膝の上に頭を乗せれば、名前は俺に見やすいように本を開いた。
「昔、むかーし、あるところに……」
やっぱり、久々に聞いた極悪非道の悪者もヒーローも、変わらず優しい人達だった。
6月22日 end.
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