紅差し指・02




「うん、傷も綺麗に治ってますね」
「ありがとうございます。名前先生のお陰です」
「いいえ、いくら治せるからって次は怪我なく任務に行ってくださいよ?」
「はい、分かりました」
「では、お大事に」

診察を終えた忍のカルテを書き終え、名前は椅子の上でぐっと背伸びをした。

「名前くん、良くやっておるかい?」
「院長、お疲れ様です」

木ノ葉病院の院長だった。穏和で人畜無害そうな雰囲気をしておきながら、高度な医療忍術を扱う切れ者で、名前が医療忍者を志した頃から有名な忍医のひとりだ。
憧れの医療忍者のそばで働けるなんて、夢のようだと名前は思っていた。院長は、先程まで患者の座っていた椅子に腰掛けて世間話を始めた。

「名前くんがうちに来たのはいつだっけ」
「二年前ですよ」
「ああ、そうだったね。綱手様にどうしてこんな素晴らしい医療忍者を、ずっと隠してたんだって言ったのがこないだの様だよ」
「あっという間でしたね。えっと、院長お話があるのでは?」

名前が分かってますよ、と笑みを向けると院長は、おずおずと白衣の後ろから薄い布張りのアルバムを取り出した。

「バレたか。先日、君の治療を受けた患者様が、うちの甥っ子と見合いを受けてほしいとやって来てね……」
「分かってるかと思いますが、お断りします」
「だよね、悪いね。だが、君に来る紹介はなかなか美男子で家柄も申し分ない青年ばかりなんだよ?」
「すみません、私、その気はないんですよ」

名前は、もう1度ごめんなさい、と頭を下げた。暗部を去り、木ノ葉病院勤務になってからというもの、人目に当たるようになったせいかこの手の話が舞い込んで来るようになった。
有難い好意を無下にするのも申し訳なく、また暗部のように面でも被っておこうかと思ってしまう。お面を被っていれば、怪しいヤツだと縁談も来なくなるだろう。その前に、患者も来なくなりそうだが。

「院長先生、火影様からです」

電話を片手に持った看護師が顔を出す。この1年で電話と言うものが普及し、チャクラを使わなくても人と遠隔で連絡出来るようになった。こうやって、世の中が便利になって行くのだと感心する。
看護師から電話を受け取ると、院長は背筋を伸ばして電話に出た。

「はい、お電話変わりました」

はい、はい、分かりました、そうですか。
相槌を重ねていた院長が電話を切ると、片手を顔の前に立てて申し訳無さそうな顔をした。

「すまん、火影様が君を呼んでる。至急、火影室に来て欲しいそうだ」
「私がですか?」
「うん、僕も用件は分からないのだけど。よろしくね」
「分かりました」

火影室に呼び出されたのは、実に2年ぶり。つまり六代目火影の代になってから初めてのことだった。
あの頃は、嫌という程通い詰めていたのに。

火影室の主は、もちろん綱手ではなく新しい火影。しかし、当の主人の姿はそこにはない。そこにいるのは、里の古くからの上層部ばかり。ぽっかりと空いた真ん中の椅子だけが仰々しく存在していた。

「あの、六代目様は……」
「カカシは後で良い」

名前の質問をピシャリと閉められる。そして、しっかり立て!と叱責される。何故、こんなにも厳しくされなければならないのか解せないまま、名前は言う通りにした。

気付かない内に、何かをやらかしてしまったのだろうか。過去の治療を思い出すが、思い出せない。

上層部のひとり、法令線を深く刻み不機嫌そうに口角を下げた男が口を開いた。年齢は還暦近くの綱手よりもずっと上だったが、背筋はシャンと伸び流石は上層部だ。
こんなことに関心している場合ではない。

「お前に、命ずることがあるのだ」

火影抜きで火影室で、忍に命令しているなど以ての外ではないか。

「お前に、六代目火影の妻になることを命ずる」

しばしの沈黙。

「どう言うことですか?」
「言った通りだ。明日、里の者達には発表し、結納はじきに行う」

他の上層部にも目線を送ったが、誰も合わせてくれることはなく、これは拒否権のない命令だと理解する。火影の隣にいると、こんな状況時々同席してしまうのだ。まさか自分がこんな立場になるなんて。暗部時代には夢にも思っていなかった。

「六代目はなんと?」
「カカシも了承済みだ」
「綱手様は……なんと仰ってましたか?」
「関係の無い綱手には言っていない」

過去にも未来にも、心から忠誠を誓ったのは三代目とその教え子の綱手だけ。
そんな命令、名前からすればジジババの呆けた夢物語か何かにしか思えない。
それならば、従う道理もなにもない。そもそも里が戦後の真っ只中にあり、平和に近付こうと他国と手を取り合おうとしている今、こんな古臭い人道的でないこと、許される訳があるだろうか。

「有り得ません」
「お前、自分がどんな立場か分かっておるのか?」
「私は確かに木ノ葉の忍の端くれです。しかし、自分の人生くらい、自分で決めさせて頂きたいと存じます」

名前の言葉に、上層部達のこめかみに青筋が立つのがありありと分かった。それまで黙っていた者達まで喚き始める。

「お前が結婚さえすれば済む話なのだ」
「そもそもな、お前の」

ひとりが、名前に向かって鷲の鍵爪のような指先を向けてきた瞬間だった。

「ちょっと、そこまででいいんじゃないんですか。いくら彼女が口も腕も立つ忍だからって、若い女の子に寄って集っては可哀想でしょう」

名前と上層部の間にに割って入ってきたのは、この部屋の主人。そう、六代目火影だった。

「しかしだな、カカシ、この女は自分の立場が分かっとらん」
「何を言ってるんですか。気に食わないなら、俺がよく言って聞かせますので」

ことさら年寄り達が喚き出すものだから、カカシがまあまあと間に入る。カカシの背中を目前にしながら、名前は何がフツフツと腹の底に湧き上がるものを感じていた。

結婚。そう言っていた。

何故、自分の人生のことなのに他人が勝手なことを言って揉めているんだ。

「待って下さい。どうして私のことを貴方達が勝手に決めて、勝手に喧嘩するのですか?」

おかしいですよね?と、声をあげる。

「お前の立場では、選択肢はないのだ。我々に従ってもらう」

冷水を掛けられたかのように、頭の天辺から血が落ちていくのが分かった。

「お前に考える余地などない」

翌日、火影の結婚が発表された。







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