紅差し指・12



綱手を家に帰した名前は、決意のそのままに、カカシの所へ戻ろうとした。話し合っていたとは言え、カカシが風邪っぴきであったことを思い出し、名前は足を止めた。自分は医者だけれど、今はそんなこと言う時ではない気がする。

「いや……」

何を臆病になっているのだろう。出来ない理由ばかり探してしまっている。それに比べてカカシはどうだ。ずっと名前に歩み寄ろうとしてくれていた。

距離を置こうと言われた時、どうしてショックだったのか。少し理由がわかった気がした。自分はもしかしたら、自分が思うよりもカカシのことを嫌っていないのかもしれない。

火影邸に着いて、名前は玄関に走った。カカシの気配に気付くと同時にカカシが玄関の扉を開いた。

「カカシ先輩、あの」
「またここに、帰って来てくれる?」

名前は、カカシの目を見ながらしっかりと頷いた。



それから1週間、マンションの荷物を引き払い名前は火影邸に戻った。

「おかえり、名前」

執務中だと思っていたカカシが家にいた。名前は驚きと気まずさ、それと照れくささに襲われる。

「仕事はどうしたんですか?」
「ちょっとちょっと、その前に返しなさいよ」

名前は、一瞬何を返せばいいのだろうと考えたが、すぐに気付いた。

「えっと、カカシ先輩、ただいまです」

うんうんと、カカシは優しく笑って頷いた。久しぶりに玄関を跨ぐ。看病の時とは違う、しっかりと帰って来た。初めてここが時分の家になるのかも知れないと感じた。

「あの、カカシ先輩」
「ん?」
「正直、どうすればいいか分からなくて」

家族がいた経験がないのだ。孤児院では、みんな家族だと育てられたが、たまたま近い地域で親を亡くした子供が優しい大人に集められただけにしか思えなかった。人は、家族にどんな顔や声色でただいまを言うのだろう。

「ま、ゆっくり自分達で見つけよう」

カカシが名前の荷物を持ってくれた。リビングに入ると

「あれ、綺麗ですね」
「そりゃ、名前が帰ってくるんだから綺麗にしたよ」
「そんな気遣い良かったのに」

よそよそしい。名前でも感じるのだから、カカシはもっと感じているだろう。家族になる努力をすると決めたとは言え、友人よりも同僚よりも浅い関係だったのだ。

「あの、先輩」
「ん?」
「もうお仕事戻られますか?」
「いーや、今日はもう終わり」

カカシは、きっと名前を迎える為に仕事を片付けてくれたのだ。それがどんなに大変なことか。

「ありがとうございます」
「いいんだよ、俺がしたかっただけだから」

カカシは照れくさそうに頬を掻いた。

「カカシ先輩、あの」
「ん?」
「あの、家族が何をするか私なりに調べてみたんです」
「ほお、立ち話もなんだから座ろうか」
「そうですね」

並んでソファに座ると、膝を突き合わせながら名前はポケットから1枚のメモを取り出した。

「やってみたいことを、まとめてみたんです。これで家族が分かるかは分かりませんが」

カカシは名前からメモを受けとる。丁寧にゆっくりと読む横顔を名前はまじまじと見ていた。ただの男女の仲ならともかく、家族となると難しい。これを周りの人にではなく、書籍でしらべる時点で自分の人としての不器用さを見につまされた。

「まずは形からなんですが……」
「考えてくれてありがとう。その気持ちだけで俺は嬉しい」

カカシは、ゆっくりと丁寧に目を通してくれた。感情は分からないが悪くは無いだろう。

「全部やろう、名前が考えてくれたこと」
「え?いいんですか?」
「もちろん。あと、俺も考えてみていいかな?名前とやりたいこと」
「は、はい!もちろんです」

カカシと名前は、数秒見つめ合い、それから互いに肩の力を抜いて微笑み合った。

「名前、ひとつお願いがあるんだけど」
「はい」
「無理はしないこと、約束して欲しい」
「……分かりました」

そこは即答して欲しいんだけどねえ、とカカシが苦笑いをした。
初めてこの家で頬を緩ませた気がする。名前の胸には、少しの期待と不安が入り交じっていた。



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