2話


サスケ奪還は失敗に終わり、ナルトは自来也様と再び里を出た。サクラは綱手様の弟子入りしているため、実質第七班は解散状態だった。そして、また一人になった俺は上忍として任務をこなす日々がすぐに再開した。


時折お参りする神社、普段はナルトとサクラの成長と、里の仲間達の無病息災をお祈りするが、久し振りに行った時には名前の事をお願いしてしまった。
恋する若い女の子みたいで、自分で自分が恥ずかしくなった。
そんな俺の珍しい願いが神に通じたのか、名前と会う機会が巡って来ることになる。

写輪眼のせいで、俺は再び床に伏せていた。
周りも慣れっこで見舞いには来るが、心配する様子もない。アスマは、沢山食ってとっとと寝ろと、有り難い優しい言葉まで掛けてくれた。

親しい仲間は忙しい上忍ばかりだったから、見舞いにしょっちゅう来る訳でもなく、俺も結構暇を持て余していた。時間を潰すように眠っていると、病室のドアが開く音がして聞き慣れない足音が近付いてくる。俺は、警戒して神経を尖らせる。

花瓶を持って、個室内の水道をキュッとひねる音がした。花瓶に水が満ちる音がして、足音が俺の近くまで来るとベッドサイドにある小さな棚にコトリと花瓶が置かれた。花瓶の隣から視線を感じ、ベッドに手を掛けてきた。ベッドのスプリングがギシっと音を立て、俺は流石に目を開いた。

「起こしちゃいました?すいません」

申し訳なさそうに眉を下げる名前だった。

「どうして、ここに……?」

しどろもどろする俺の質問に、名前はニコリと微笑む。

「綱手様が、カカシさんが元気になるまでお世話しなさいって。その、写輪眼で相当お体無理したんでしょう?」
「いつもの事ですから」
「でも、今回はいつもと違いますよね」

確かに、滅多に使わない万華鏡写輪眼で、俺の体はボロボロだった。
しかし、そんなの気にならなくなるほどの願ってもない事だった。惚れた女に看病してもらえるのだから。動かない体で俺は浮足立った。あの神社は、霊験あらたかであった。

「私も、普段の任務があるので毎日ずっと居られませんが」

名前の笑顔に俺は、相当ニヤついていたに違いない。

「あ!でも、恋人とかいらっしゃいますよね。そしたら、頻度下げますので。綱手様の命令なので、行かない訳にも行きませんし」
「………いや、彼女なんていないよ」
「そうなんですか?」

名前は、とても驚いた顔をしていた。彼女の中で俺はどんな風に映っていたのだろう。確かに、ナルト達の上官になる前は遊んでいた気もする。それを知っているのでは、と少し心配になる。

「いない…から、気にせず来て大丈夫だから」
「はい、ありがとうございます!今日はすみませんが、任務があるのでこれで」

名前は、ドロンと言って瞬身で姿を消した。

「ドロン……」

部屋に残ったのは、動けない俺、花の甘い香りと名前の香り。

翌日の午後、名前は顔を出してきた。

「カカシさん、お加減はどうですか」

そして、その翌日も。ほぼ毎日。任務後に来ていると言う。時折、血の匂いが混じっていることもあった。
来る時間はまちまちだが、規則正しく行われる名前の見舞いの時間に、俺は安心感を覚えた。

まず部屋に着いたら、俺に笑顔で挨拶をしながら窓を開け空気を換える。花瓶の水を替え、病室の掃除をして、名前は初めてそこでベッドサイドのパイプ椅子に腰掛ける。そこで、果物を切ってくれたり、毎日雑談をして、俺の着替えを手伝ってくれたり、食事がしやすい様に準備をして帰っていく。

「お加減はどうですか?」

いつも通り名前は、椅子に座った。

「うん、もう完全復活に近いよ」
「良かったです」
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「水、飲ませて」

名前は、目を丸くした。
俺、何か変な事言ったのだろうか。確かに、若い女の子に甘えるなんて変な話だ。もうすぐ三十路のおじさんが水ぐらい自分で飲めと思ってもおかしくない。

「……ダメだった?」
「いえ、だって、顔、見ていいんですか?」
「……え?」
「サクラちゃんが、先生の顔見た事ないって言ってたので……」

そういう事かと、俺は納得する。
誰にだって見せたい訳ではないが、別に墓場まで持ってく程隠してた訳じゃないし。面白いからサクラ達には見せなかっただけだしね。

「名前なら、良いよ」

名前は、ごくりと生唾を飲み込み俺の口布に指を掛ける。俺まで何故か緊張してきた。
ソロソロとゆっくりと布が下がる。次第に、風通しが良くなっていく。鼻筋が頬が、そして唇が布から解放されて顔が全て露わになったと分かった。
名前が、口布をもったまま固まっていて、俺は声を掛ける。

「名前?」
「………え、あ!すいません!」

名前が口布を引っ張ったまま手を離すから、口布がパチンと音を立てて俺の顔に当たる。

「痛!」
「もう!本当すみません!」

慌てた名前の手のひらと指が俺の顔に触れる。いきなり名前が触れるから、俺は慌ててしまい名前の手首を掴んで顔から離した。

「カカシさん!?」
「あ、ごめん」
「いえ!こちらそ、すいません」

名前の手首を解放して、俺は我に返る。名前は、すごく申し訳なさそうな顔をしていた。ジンジンと口布が当たる場所が熱くなってきた。

「びっくりしましたよね、すいません」
「いや、俺の方こそごめん」

名前は、首を激しく横に振った。

「あの、私、帰ります!本当にすみませんでした!明日、着替え持ってきますので!」
「名前!」

またすみません!と言って、名前は病室から出て行ってしまった。

「名前……」

ドアを閉めるのも忘れて名前は去ってしまった。 

翌朝、俺は朝五時に目が覚めてしまった。夏になり、五時でも外は明るい。
体はかなり動く様になってきた。体を起こしながら腕を伸ばしストレッチをする。

早く起きてしまった理由は分かる。名前のことだ。昨日は、顔を真っ赤にして去ってしまった。
元はと言えば、俺がオッサンの癖にハタチの若い女の子に甘えるから悪いのだ。
次、病室に来てくれたら謝ろうと思った。首をグルグルと回していると、視界にあの女の子が入る。

「あ……」
「あ……」

お互いに同時に声を出したと思う。
少し開けたドアから病室を覗く名前がいた。俺と目があって、気まずそうにドアを開ける。

「朝、早いんですね」
「名前こそ」

病室に入ってきた名前は、ノースリーブのミニワンピースを着ていた。任務中と全く違う雰囲気に胸が高鳴る。初めて見る名前の私服に、俺はまじまじと見つめてしまった。
名前が気まずそうに、俺の目の前に立つ。手に持った紙袋は、俺の着替えだろう。

「昨日は、すみませんでした」
「いや、元々は俺が悪いんだし」
「いいえ!あの、カカシさんの素顔が想像よりもずっと素敵だったので、勝手に緊張してしまっただけなんです!だから、何もカカシさんは悪くありません」

俺は、へ?と、素っ頓狂な声を出していた気がする。

「あ!私、また変な事言ってる!気にしないで下さい!」

俺は、ベッドから身を乗り出して名前の手を握る。
名前は驚いて、体がビクンと跳ねた。

「俺の事は気にしなくていいから。むしろ、名前に感謝してるから」
「カカシさん……」
「本当にありがとう」

カッコ悪すぎだろ、俺。

一段落して、名前は着替えを棚に入れる。その後ろ姿を抱き締められたら、俺はどんなに幸せなのだろうと考える。いや、でも名前は綱手様の命令で俺の世話をしているだけ。余りにも甲斐甲斐しくて、何だか勘違いしてしまいそうだ。
名前は、あ!と思い出したように振り返る。

「カカシさん、綱手様が来週には退院出来るって言ってましたよ。任務空けていただきましたから、退院の時は、お手伝いに伺いますね」
「そう」

名前に会えるのもあと1週間か…。年甲斐もなく、俺は寂しい気持ちになった。いつもの習慣を終え、名前は病室から去って行った。


そして、1週間が経った。

荷物は、既に名前が殆ど纏めておいてくれた為、俺はやることが無かった。ベッドに腰掛けながら暇を持て余していると、綱手様が病室に現れる。

「おい、カカシどうだ?」
「綱手様、お陰様で」
「名前は、なかなか良い女だろ?私の次に美人で、さらに気立てが良くて」
「そうですね。上忍としても優秀だと聞きましたよ。病人の世話をさせるのは勿体無い程にね」

綱手様は、俺の気持ちを見透かしたように頭をクシャクシャと掻き回す。綱手様にとっては、この俺もガキなんだろう。

「仕事ではかなり気が利くが、恋に関しては、あの子はかなり鈍いぞ。健闘を祈る」
「感謝します……」

恐ろしい火影様だな……と思いながらも、職権濫用のお陰で俺の恋は有利に働いた訳だから。感謝はもちろんしていた。

「カカシさん、遅くなりました!あれ、綱手様?」
「名前、あとは任せたぞ」
「あ、はい」

綱手様は、俺の肩をポンと叩いてニヤリとしてから病室から去って行った。なんて火影だ。

「カカシさん、残りの荷物纏めますね」

片付いて行く病室、何だか名前との時間も片付いてなくなってしまいそうで。
俺は、その時間を少しでも引き延ばしたかった。

「さ、カカシさん。帰りましょうか」
「………」
「お加減、まだよろしくなかったですか?」
「………そーだね」
「カカシさん?」

俺は、病室から出ようとする名前の腕を掴んでいた。
嗅ぎ慣れた名前の甘い香り。名前の速い脈が俺に伝わってくる。きっと、俺の乱れた脈も、名前に伝わっているのだろう。

「名前」
「カカシさん?」
「名前、会えるのはこれで最後?」
「えっと、上忍同士ですし、任務が一緒になれば」
「うーん、そういう事じゃなくて……」
「んーと」
「理由が無くても会ってくれる?ってこと」

俺は、名前の体を自分に向き合わせる。名前は、困惑した表情で俺を見ていた。

「回りくどい言い方してごめん。つまり、俺は」

俺は、慣れた口布でさえ息苦しく感じて、口布を下げる。口の中がカラカラして、俺は俯いて息をフーッと吐いてから、名前に向き合った。

「つまり」
「………。」
「名前の事が、好きなんだよ」

名前は、口を開けて驚いている。その表情も可愛くて、俺の頬は綻んだ。

「カカシさん、今、なんて」

名前の小さな顎を掴み、少し屈んで頬に口付ける。

「何度でも言うよ。好きだ」
「わ、わ、私」

名前は、俺の胸に顔を埋める。

「私も、す、好き、です!」

あまりにも名前が可愛すぎて、俺は名前の唇にキスをした。名前の唇は、とても柔らかく温かく、俺はその瞬間から名前の唇の虜となった。

そして、今

俺達が両想いになった病室で、今度は名前が入院している。しかも、名前は子供に戻ってしまった。

気付けば名前は、小さな寝息を立てて眠っていた。小さな胸が上下して、その動きを静かに俺は観察する。大人の名前は、豊かなバストとくびれたウェスト、すらりと伸びた脚が美しくて、彼女を抱く度に俺は飽くこと無くその体に惚れ直していた。
目の前にいる少女の名前は、胸も薄く、ウエストも均一に細い。こんな華奢な女の子が、よくあんなに美しい肉体になったものだと思った。とは言え、これもこれで可愛くてたまらない。俺は、一人ニヤニヤしているのに気付いて恥ずかしくなった。

名前の髪に口付けをし、俺も一緒に眠りについた。


翌朝、頭をスパーン!と叩かれて目を覚ます。

驚いて目を開くと、目の前に綱手様が立っていた。俺は、ゆっくりと体を起こす。綱手様に叩かれて、生きているのは奇跡だと思った。

「綱手様、おはようございます」
「お前!名前に手を出してないだろうな?」

ベッドに視線を下ろすと、名前がビックリした顔で俺と綱手様を交互に見つめていた。

「出しませんよ」
「綱手様、私が添い寝してとお願いしたんです」
「名前からか。まぁ、良いだろう」

やっぱり綱手様は、名前に甘かった。
俺はベッドから降りて、カーテンと窓を開けて換気をする。朝日が眩しくて、名前は布団を被った。

「結果が出たぞ」

俺と名前は、顔を見合わせる。

「やはり、薬を盛られたようだ。血液から様々な薬品が検出された。薬品による経絡系以外の臓器は異常がなかったから安心しろ」

俺は、臓器の異常がないと聞いて、ひとまず胸を撫で下ろす。名前は、俺と同じ不安をすぐに綱手様にぶつけた。

「綱手様、私、大人に戻れますか?」
「それが問題だ…。それが、臓器の中に呪印が仕込まれているのが見つかった」
「呪印!?」
「名前の体が子供になったのは、その呪印のせいだろう。チャクラが練られないのは、薬のせいだ。薬が抜ければ、チャクラはもとに戻る。しかし、体は子供のままだ」
「そ、そうですか」

凹む名前の肩を俺は抱き寄せた。俺がいるから大丈夫だよ、そんな想いを込めて。
綱手様は、名前の頭をクシャクシャと撫でて、ニカッと笑う。

「この火影が呪印は消し去ってやる。かなり体に負担が掛かる、故に名前自身のチャクラが必要だ。だから経絡系がもとに戻ったらだな」
「綱手様、ありがとうございます」
「と、格好良く言ったものの、血液の細胞ひとつひとつに薬が入り込んでいてな、血液が完全に生まれ変わるまで薬は抜けそうにない」
「えっと、時間はどれほど掛かるんですか?」

綱手様は、気まずそうに指を4本立てる。

「4週間?」
「いや」
「もしかして」

「あぁ、4ヶ月だ」

名前は、ガクッと肩を落とした。



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