07



名前は、かつてカカシが連れて来てくれた神社に1人で来ていた。単純に参拝しに来た訳ではなかった。カカシの手掛かりを少しでも見つけたかったのだ。

「すみません、あなた前に……」

袴を着た神主らしき男性が名前に声を掛けてきた。

「は、はい」
「確か、背が高くて髪の白い男性と来てましたよね」
「はい……」
「やっぱり。うちの神社によく来る方で、珍しくお連れ様を連れてきたなと思っていたんです」
「そうなんですか……彼は、よく来てるんすか?」
「そうですね、1週間から2週間に1度は」
「そんなに」

名前は、この人なら何か知っているかもしれない。そう感じて、勇気を出してみる。カカシが何故、こんなにもここに熱心に通っているのか。それを知りたかった。

「すみません、この神社についてを教えて頂いても良いですか?あ、もちろん、あの、お時間あればなんですけど」
「あ、はい。それは構いませんが」

神主は、名前を本堂の中に招いた。名前に座布団を差し出してくれて、名前はそこに座った。

「ここは、主に病気平穏の神社なんです」
「そうなんですね、確かにお守りとか」
「でも、実は本当の顔があるんです」

神主は、古めかしい巻物を名前の前で広げる。
岩肌の洞窟の絵と文字が書いてある。残念ながら、名前には達筆で読めない。

「ここは、関西にある神社の分社なのですが、本社に自然そのままの岩窟があるんです。その岩窟の先は絶壁の崖に繋がっていましてね、そこに身を投げることで生まれ変われると言う伝説があるのです」

神主は、達筆の文字をなぞる。

「ここに書いてあるには、その崖は実際には存在しない幻の崖で10年に1度だけ現れるそうです。ですので、私も修行で何度かこの岩窟には行きましたが、見たことが無いのです」
「幻……」
「はい。その崖が現れる条件があるそうで、まず10年に1度だけ、生まれ変われる人は1人だけ、神様と契約を交わした時だけ」
「それも言い伝えですか?」
「はい。生まれ変わりの契約をしたと言う人間が江戸時代にこの分社に現れましてね、その人が言ったことを書き記したのがこの巻物です」
「え、これって江戸時代の書物なんですか!」

神主は、名前が巻物を全く読めていないのに気付いたのか、ゆっくりと分かりやすく読み上げてくれた。

崖の扉を開ける神様が存在していること、運良く岩窟を進めたとしても、必ずしも神様は現れてくれないこと、その人は5度目の挑戦で神様が現れてくれたと言う。
神様には、生まれ変わらせてくれる代わりに今の体を差し出さねばならなく、さらには生まれ変わった後に記憶も差し出さなければならないという。カカシの言っていた通りだ。

「あの、私の連れもこの話を?」
「いいえ、あの方は参拝して境内でゆっくり過ごされていつの間にか帰ってしまうので。私も挨拶しか交わしたことはないんですよ」

カカシは、この江戸時代の人と同じように神様から直接この話を聞いたのかも知れない。

「それで、生まれ変わった人はこの井戸から生まれ直してくるそうです」
「井戸?……あ、境内にあるのですか」
「はい。元々は、地下水の湧き上がる天然の穴だったそうですが、江戸時代の水道工事の際に井戸を付け加えられたそうです。もう今は枯れ井戸ですが、過去に何度か水が復活することがありました。都会の中で周りもコンクリートでかためられているのに、まだ水脈が残っているのかも知れません」
「あの、1番近くで水が復活したのはいつですか」
「えっと、去年の秋でしたね。確か、その前は10年も前でしたかね」
「そうですか……あの、この生まれ変わった人は、どうなったんですか?」
「それが、この巻物の最後に書いてありましてね、この分社で働きながら生活していたのですが、1年を過ぎた頃から突然行方不明になることが徐々に増えて、そのうち布団に温もりを残したまま、消えてしまったかのように姿を現さなくなったそうです」
「消えた?」
「実際の所は、巻物にもわからないとしか書いていないんです」

神主は、巻物を更に広げる。またミミズのような文字が並んでいる。

「ここには神様が言い渡した条件が書いてあります。輪廻転生って知っていますか?」
「生まれ変わりとかの」
「はい。命は何度も生まれ変わっていると言うこの世界の真理です。ですが、神様と契約した人間の魂は輪廻転生から除外されてしまうそうなのです」
「それって……」
「はい。もう二度と生まれ変わることも出来ず、その魂は肉体が朽ちると同時に消えてしまう、そう神様に教えられたそうです」
「じゃあ、江戸時代の人は……」

伝説の話が本当ならば、カカシはこのままでは消えてしまうのでは無いか。カカシの話を聞いてから、世の中の不思議な話が、嘘か本当か分からなくなっていた。現に自分に変身した忍者だと言う存在が目の前にいたのだから。夢だったのかもしれないと思い、また別の日に忍術を見せてくれと言ったら今度は瞬間移動を見せてくれた。流石に信じない方が信じられなくなっていた。

「まあ、伝説ですので嘘かまことかは私にも分かりません。ただ、先祖が大切に伝えて来てくれたこの貴重な話を、次に伝えて行くのが私の役目なのです」

それから、少し話を聞いて名前は帰ることにした。
本堂の縁側に置いていた靴を履いて、玉砂利の上を歩いた。

「お話、ありがとうございます。長い時間すみません」
「いいえ、こちらこそ。この小さな神社に興味持ってくれる人は珍して、張り切ってしまいました」
「地元の興味深い話が聞けて楽しかったです」

名前は、深深と頭を下げて神社をあとにした。カカシが頻繁に参拝に来ているなんて驚いた。何の為に来ているのだろう。

神主から教えられた話は、メモに取っておいた。それを見返しながらカカシや自分のことを考えていた。江戸時代にその人が現れたように、自分もカカシも生まれ変わって来たのだろうか。神主は、カカシのように異世界だとかは言ってなかったけれど。

「1年……」

江戸時代の話では、1年経った頃に姿を消したと言っていた。
もし、カカシが来た時期が井戸に水の湧いた去年の秋だとすると既に1年経っている。
まだカカシは行方不明になってはいないが、自分が把握していないだけで消えている時もあるかも知れない。名前は不安が抑えきれなくなり、メモを鞄にしまうといても立ってもいられず走りだした。

マンションに帰って来て、名前は真っ直ぐにカカシの部屋に向かった。ドアに手を掛けると鍵は掛かっておらず、在宅しているようだった。カカシはいつも鍵を掛けない。名前も居る時は掛けているが、カカシひとりだけの時は開けっ放しだ。オートロックとは言え不用心だなと当初は思っていたが、カカシが忍者だと知ってからはそりゃ最高のセキュリティが自分自身なのだからと納得した。
そんなことより、名前は部屋の中に入ってカカシの姿を探した。玄関にいつも出掛ける時に履いている靴はあったから居るはずだ。リビング、キッチン、寝室、書斎、お風呂、一通り部屋を巡ったがカカシの姿はない。残すはトイレだけで、もしかしたらと一縷の望みを掛けてトイレのドアをノックした。

「カカシ、いる?」

返事はない。ノックしてまた名前を呼ぶが音沙汰ない。名前は目の前が真っ白になりそうだった。

「カカシ……」

涙が勝手に溢れてくる、零さまいと名前は瞬きを我慢した。

「名前、どうしたの?お腹痛い?」

声のする方を向くと、部屋着のカカシが立っていた。

「どこ行ってたの!」
「どこって、下の階の廊下に蝉が死んでるって住民に言われたからさ、一応オーナーとして掃除しに行ってたのよ。こっちの世界の人は、虫が駄目な人多いよね」
「良かった……」

名前は、カカシに駆け寄り抱き着いた。カカシの温もりを感じ、名前は声を上げて泣いた。不安で胸が潰れそうだったのだ。
尋常では無い名前の様子に、カカシは少し考えた。

「うーん、もしかして神社に行った?」
「うん……」
「そっか。じゃあ、巻物も見たんでしょ」
「え、なんで知ってるの?神主さん、言ってなかったよ」

神主はカカシに話はしていないと言っていた。それなのに何故。

「ほら、俺って忍者でしょ?」
「忍び込んだってこと?」
「ま、そんなとこ」
「直接聞けば良いのに……」
「ハハ、そうだね」

ひとまずカカシがいてくれて、名前は胸を撫で下ろした。もう一度、カカシを強く抱き締める。

「カカシ、ずっと一緒にいてね」

名前の唯一の願いだった。
カカシが居てくれれば、また記憶を失ったって生きていける。カカシの存在が名前の生きる勇気になっている。仕事がなくても、無一文になって路頭に迷っても、カカシが隣にいてくれれば何でも出来る、そんな気持ちが湧いてくる。
カカシは何も言わず、名前をただ優しく抱き締め返した。

その日の夜、名前は日記の残りの部分を読んでいた。

9/15
俺も名前の後を追い掛けることにする。これで会えれば幸運だし、このまま死んでしまっても仕方ない。会えなかったら、俺達は運命ではないと言うことなのだから。

9/16
無事、辿り着いた。あの世とは聞いていたが、想像と全然違う。不思議な感覚だ。
そんなことよりも、ここに名前がいるはずだ。幸いにもこの世界でもチャクラは練られるし、変わらず鼻も利く。必ず名前を見つけ出せるだろう。自分を信じろ。

10/25
この世界のシステムやルールが分かってきた。元の世界と変わらない所もある。もともと魂は同じ人間なのだから当たり前だろう。

11/23
ついに名前を見つけた。前よりも綺麗になっていて、本当に本当に可愛かった。久しぶりの感想がこれだなんて貧相で情けない。名前を前にすると、やはり俺は不器用になる。
これから名前を調べて根回しをする。全ては名前の為に。

3/5
根回しに思ったより時間が掛かった。面倒なことが多かったが仕方ない。これがこの世界のシステムだ。しかし、自分が火影のうちにこっちで言うインターネットに慣れておいて良かった。科学班に、沢山学んでおいて助かった。
この世界の忍者はもう滅びた存在だと知った。お陰でいくら変化しようが、幻術を掛けようが気付く人は居なかった。却って好都合だ。助かった。

4/3
今日は名前と接触を試みる。健闘を祈る。
追記、失敗に終わった。名前は記憶をちゃんと消したようだ。

4/15
今度は大胆に接触を試みた。お茶に誘い、俺の名を伝えた時の反応、名前が手紙を大切にしてくれていて良かった。
久しぶりに触れた名前の手は、変わらず暖かった。死んだはずなのに、生きているのがやっぱり不思議だ。名前の言うハーフと言うのはなんだったのか。調べてから寝よう。

4/28
名前とデートだった。本当に幸せで最高だった。もう死んでも良いくらい幸せだった。いや、もう死んでるのか。ま、名前と居られるなら幽霊だったとしても構わない。

5/2
この国には大型連休と言う1週間から、それ以上の休暇があると言う。新聞で知り、俺は名前に迷わず連絡をしてデートの約束を取り付けた。
名前とお茶をして、本を読んだ。俺は表紙のパグについ懐かしくなり、犬の雑誌なんて読んでしまった。あつらは元気にしているだろうか。可能なら名前にちゃんと会えたこと伝えたい。もう無理だが。

7/31
名前と沖縄と言う島に旅行に行く。これから迎えに行く。とても楽しみだ。

8/6
旅行から帰ってきた。夢のような時間だった。寝ても覚めてもずっと一緒に居られて幸せだ。しかも、名前が一緒に暮らしてくれる。願ってもいない事だ。

8/31
名前の荷物をマンションに運んだ。今日から名前と暮らすなんて夢みたいだ。

9/1
朝起きた時に、名前が隣にいるなんて信じられない。俺達が払った代償は余りにも大きいが、この幸せの為だったら小さいくらいだ。俺もそろそろ、覚悟を決めないといけない。


ここで日記は終わっていた。




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