おかしな距離感



「カカシ、新しい家族だよ」

父さんの後ろから、控え目に顔を出した少し年上の女の子。
それが、名前と俺の最初の出会いだった。

そもそも俺は愛嬌がある方ではなかったし、人見知りだし、急に家族が増えたと言われた所で、どうしたら良いのか分からなかった。距離感を考えあぐねている俺に、名前からゆっくりと優しく歩み寄ってくれた。

名前は、戦争孤児だった。俺が子供の頃は珍しくもなかったし、アカデミーでも、その存在は普通であった。皮肉なことだが、忍者学校なら学費も免除されるし、忍は他の職業に比べて給料も高く戦争孤児にとって忍と言う職業は都合が良かった。
だが、父さんの意向で名前は忍者学校には行かずに一般の学校に通っていた。名前は、忍者には向かない性格だからだと言っていた。虫さえ殺せずに、捕まえて窓から逃がすような人間なのだ。人間を殺せるなんて思えない。俺もそうだろうなと子供ながらに思っていた。

それが、俺にとっても名前にとっても好都合だった。
互いに違う道を歩んでいたから、父さんからも、まわりからも、名前と俺が比べられることが無かった。
父さんが俺に修行や欲しがる道具を与えてくれるように、名前にも全く違う好きな物を与えていた。
比較されることがなかった俺達は、互いに変に意識することもなく血が繋がってないながらも仲良く過ごすことが出来た。
父さんの貴重は休みの日には、俺と父さんが演習場で修行をしている間名前は近くで本を読んだり、勉強をしたりしていたし、名前が父さんから勉強を教えて貰っている間は、名前の影響で俺も読書をするようになった。
父さんが任務でいない間は、2人で料理をしたり、図書館に行ったり、仲良く過ごしていた。
忍にならなかった名前は、父さんが願った通りに優しい穏やかな人間に育った。どうしても仕事でピリつく俺達を、名前は優しく包み込んでくれた。

「今日は、カカシくんとお父さんが好きなご飯作って待ってるね」

任務が大変な日、名前はそう言って俺達を送り出してくれた。

「姉さん、今日は忍者学校終わったら集合ね」
「うん、分かった」

「姉さん、俺、中忍に昇格したよ」
「すごい!カカシくんは流石だね!」

俺と名前は、仲の良い姉と弟だった。何も知らない人は、仲の良い姉弟だと見た目だけで判断した。俺もそう思っていたし、名前もそう思っていたに違いない。
だが、その関係が変わり始めたのは、父の死がきっかけだった。

葬儀が終わり、俺と名前は父さんがいなくなった家に帰った。名前は、葬儀の間ずっと泣いていた。俺は何故か泣けなかった。任務で沢山遺体を見てきた。父さんも死ぬと同じなんだと、不思議な実感に襲われていたからかも知れない。俺はあまりにも人間の死に慣れすぎてしまったんだろう。

いまだに涙の止まらない名前を、俺はそっと抱き締めた。父さんや名前の様に、気の利いた言葉は何も出てきてはくれず、俺は名前をもっと守れるようになりたいと決意を新たにした。

あの日から、俺の心境に変化が現れ始めた。

俺の頭の中から、名前を抱き締めたときの感触が離れなくなってしまった。柔らかくて暖かくて、優しい香りがした。任務での辛い思いに襲われると、名前を抱きしめたくなる衝動に襲われた。そこから、俺は名前を姉ではなく女として見始めていることに気付いてしまった。それから、俺は狡いと分かりながらも弟のフリをして名前を求めるようになってしまった。

「カカシくん、大丈夫?」

そう声をかけてくれる名前に、俺は甘えるようになってしまった。

父さんが死んでから、仲間が死んでから、俺を酷く心配した四代目はそばに置いておく為に俺を暗部に就かせた。ある日、俺の腕に刺青が入ったことに名前は酷く驚いていた。
父さんのいなくなった家で、オレと名前は支え合って生きてきた。

「名前、少しいい?」
「うん、いいよ。任務お疲れ様」

名前が、俺をやさしく抱き締めた。
四代目のそばに居られることで心の平穏は取り戻しつつあったものの、名前を意識すればするほど俺の心は掻き乱された。
名前の優しさに漬け込んで、俺は嘘をつきながら都合良く弟の座に有り続けた。名前も俺を心配して、俺を支えようとしてくれていた。それが俺のように異性を意識してくれているのか、単に姉としてなのかは知らないけれど。

最初に抱き締めた時、まだ俺の方が小さかったのに今では俺の方が名前よりも大きくなった。名前の柔らかそうな首筋に、口付けをしたい気持ちを抑えながら名前の抱擁に甘え続ける。

いつか、噛み付いてしまいそうだな。きっと我慢出来なくなる時が来るだろう。そう、考えながら。





弟の第一印象は、頭の良さそうな男の子だった。
戦争で両親と離れ離れになり、死体を見ることも無く訃報で両親の死を知った。どうしたものか、両親について行ってしまおうかと絶望に明け暮れていた所に、サクモさんが手を差し伸べてくれた。

サクモさんは忙しい忍で、正式に養子になってからもあまり一緒にゆっくり過ごす時間はなかった。いつもカカシくんと2人でサクモさんの無事を待った。
カカシくんは一人っ子だったのに、急に家族が増えて受け入れて貰えるか不安だったけど、私を本当の姉のように慕ってくれた。そんな彼が可愛くて、私も本当の弟のように可愛がった。

そんな弟の様子が変わったのは、サクモさんが亡くなってからだった。
親子揃って有名な忍だからなのか、弟の背中には色んなものが乗っかり過ぎている気がした。
それから数年、弟は上忍になり、隊長になることも増えたようだった。
弟が私のハグを求めるようになったのも父が亡くなってからで、頻度は日に日に増えていき、いつしかほぼ毎日のように私は弟を抱き締めていた。

最初のころは、自分の腕の中に納まっていた弟が
今では、首や髪に顔を埋めてくるようになり、姉弟としての抱擁を超えてきている気がしていた。
それでも、私がそれを止めようとしなかったのは、私も抱き締めたかったし、抱き締めて欲しかった。いつか、抱擁を超えてきたとしても自分は拒むことは出来ないだろう、むしろ心の奥底でひっそりと望んでいる気がしていた。
弟にとっては、血は繋がっていないけれど唯一の家族で甘えやすいのだろう。
そうやって都合良く使われてしまっても、構わなかった。





日に日に、俺達の距離感は家族よりも恋人の方が近いものになっていた。キッチンで作業をしている背中に抱き着くのも、昼寝をする時は同じ毛布に包まることも、リビングでテレビを見ている時は腕を絡めているのも、当たり前になった。だが、お互いの理性がどこまで保つか不安だったのか、夜に同じ布団に入ることはなかった。

「カカシくん、このお店美味しそうだね」

俺にもたれ掛かりながら、名前がテレビのグルメコーナーに反応した。少し前にオープンした話題のお店らしい。

「次の休みで行く?」
「え、いいの?」
「当たり前でしょ」

休みの日になり、名前と俺は出掛ける準備をしていた。テレビで見た店は、里から出て暫く歩いた街にあった。
歩きながら、里から少しずつ離れ、人気がなくなると俺達は手を繋いだ。傍から見たら、もう俺達は恋人同士だろう。誰が姉弟と思うだろうか。
そのまま恋人同士のような顔をして店に入り、名前が食べたかったものを食べて、街を少し散歩してから里に戻ることにした。

「美味しかったね」
「うん、また行こう」

里に戻る道を歩きながら、俺は空を見上げる。

「カカシくん?」
「名前、これ被ってて」

俺は自分の上着を名前に被らせると、近くに屋根が無いかを捜した。

「どうしたの?」
「急な雨が降りそう」
「ほんと?」

そう話しているうちに、雨がポツポツと落ち始めてすぐに土砂降りになった。一瞬でずぶ濡れになり、近くの木の下に逃げ込んだ。

「びっくりしたー」
「いや、本当に」
「よく分かったね」
「ま、一応忍者やってるしね」
「すごいなあ」
「大したことないよ。寒くない?」
「ちょっと寒いかも」

土砂降りがあまりにも激しくて、寒さで震える肩を、俺はそっと抱き締める。

俺の腕の中で、名前が俺を見上げた。勝手に手が伸びて思わず顎を持ち上げそうになり、誤魔化すように濡れた前髪を整える。
睫毛から落ちた水滴が、頬から唇に伝う。追い掛けるように思わず指を伸ばす。寒さに震える頬を手のひらで包んだ。血色が少し失われた唇、口紅が取れかけている。
吸い込まれそうだった。ただの雨の雫が、触れてはならぬと忠告された禁忌の果実から滴る果汁に思えた。
魔法のように吸い込まれそうだ。このまま唇を重ねてしまいたい。びっしょりと濡れた名前にキスをしたら、きっと歯止めがきかなくなるだろう。俺の肌で直接名前を暖める様子を、頭が勝手に想像する。

「あ、ごめん……」

危うく一線を超えてしまいそうになった。
名前の返事はない。幻滅したのだろう。甘やかしてはいるが、そこまでは許してないと。
俺は、とんでもない弟だ。





先日、弟が私にキスをしてこようとした。
急に離れて謝ったから、私の勘違いではなくあれはキスをしようとしたのだろう。
あのまま、キスをされていたら私はどうなっていたのだろう。そのまま取って食われたかもしれない。

弟に流されてしまっていいのか。姉弟で、こんなこと。忍として大変な思いをしている弟には、まともな恋愛をして普通に幸せを手に入れて欲しいのに。
でも、私も引き返せない気持ちを抱えているし、未遂のキスが性欲によるものなのか、私への想いなのかは分からない。けど、狡い私は試すように弟に甘えてしまう。
コーヒーを飲むために、豆を挽いている弟の腰に私は両手を回す。

「名前も、コーヒー飲む?」
「うん、ありがとう」

そう言えば、いつから弟は私のことを姉さんと呼ばなくなったのだろう。子供の頃は、姉さん姉さんと呼んでくれたのに。

「カカシくん」
「ん?」
「もう姉さんって呼んでくれないの?」
「え?」

弟は分かりやすく狼狽えた。姉が弟に、姉さんと呼んで欲しいと言ってくることの何が狼狽える必要があるだろう。でも、きっともう私達はそう言う関係じゃないからだ。

「弟に、こんな風に抱き着く姉はいないでしょ」
「その言葉、そのまま返すわ」
「ま、そーね」

弟は、挽き終えた豆をコーヒーメーカーにセットした。スイッチを入れると、湯を沸かす音がし始めた。
途端、弟が私の手を引っ張り、体勢が逆になる。向き合ったまま抱き着かれ、壁に挟まれる。

「俺は弟なの?」
「そ、そうでしょう」
「ふーん」

俺は、ついに名前の首に噛み付いた。名前は小さな悲鳴をあげた。夢の中で何度も味わった首筋、肌の味、夢よりもずっと美味しい。歯で柔らかく挟んで、盛り上がった皮膚を舌で舐めて吸い上げた。唇を離すと、俺の歯型と吸い付いた痕が綺麗についていた。

「こんなことされて、まだ弟って思えるの?」

名前は、目に涙を溜めている。ああ、そんな顔させるつもりじゃなかったのに。

「あ、その、ごめん」

さっきまでの俺の強気はどこへやら。
散々抱き着いていた癖に名前の肩に今更触れて良いのかも分からず、俺は名前に許しを請う。

「俺……」

ああ、そんなつもりじゃなかったのに。名前の顔を覗き込むと、頭をおもむろに掴まれた。
俺が戸惑うままに、名前の顔が近付いてきて唇を重ねて来る。これはキスだと気付くのに、数秒掛かった。
最初はパニックだった。何が起きているのか分からなかった。

傷付けた訳では無いんだと、俺は密かに胸を撫で下ろす。唇が少し離れたのを合図に、名前を抱き締め直すと再び唇が触れた。
ほんの数秒、いや数十秒の体感だった。思っていたよりもキスに夢中になっていたらしい。コーヒーメーカーが抽出終了のアラームを鳴らす。

「カカシくん、コーヒー……」
「後でいいでしょ」
「え、まって」

調子に乗った俺は名前の唇にかぶりつく。もう怒られても良い。どのみち少しくらい時を戻した所で、もう姉弟に戻れないのだから。

名前が、困ったように俺を見上げる。

「ごめん、わた……」

名前の言葉を遮るように、俺は名前の唇を塞ぐ。名前が何か謝ろうとする度に、唇を重ねた。
押しても俺の身体はビクともしない。逃げようとも、無駄だと悟ったのか名前は諦めたように、俺の腕に体重を乗せた。

「もう、話をさせてよ」
「だって、名前、ろくな話しようとしないでしょ?それなら俺は聞かないよ」

弟の目が本気だった。弟のキスに溺れてしまいそうだった。

「ろくな話じゃないって、失礼な」

私が唇を尖らせると、再び弟が唇を重ねる。

「もう引き返せないの、名前も分かってるでしょ?」

もう引き返せないんだ。俺達は。

「もう、俺は名前を……」

名前を抱き締めて、その額に唇を落とす。

「好きなんだよ。弟じゃなくて男として見て?」

ゆっくりと名前の腕が、オレの背中に回る。そして、優しい力でゆっくりと俺のことを抱き締めた。

「引き返せなくなっても、カカシくんは平気?」
「引き返せない方が良い」
「意外と情熱的だったんだ」
「名前にだけだよ」

ずっと分かっていたのに、踏み越えては行けないラインを勝手に作って踏んでいる癖に、踏んでいないフリをしていた。

「決めた。名前、俺と結婚しよ」
「展開早くない?」
「早くないよ、少なくとも俺はさ、子供の時からずっと名前しか見てなかったんだから」
「え、そうなの?」
「そーよ」

俺のこの言葉は、本気と取られて無いようだけど。
ま、そう遠からずすぐに本気だと分かるでしょう。


おかしな距離感 end.
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