人形姫・15



月は無情にもその姿をどんどんと現し、今宵は上弦の月となる。反射面を増やした月は、日中の空でもその姿が確認できるようになっていた。

名前は火影室での仕事が終わり、用事を済ませてからカカシと公園で待ち合わせをしていた。用事に手間取り、遅刻をしてしまったが任務が長引いているのか、カカシはまだ来ない。

「遅れてて良かった……ん?良くないか」

まあ、良いか。カカシなら大丈夫だろう。そう言い聞かせて木陰に座りながら、公園で遊ぶ子供連れの家族を眺めていた。
父親は額当てをしており、子供はアカデミーの生徒なのだろう、2人で授業で良くやっている組手をしている。母親は傍らで微笑みを浮かべて眺めていた。名前は、あまりにも羨ましく眩しい光景に目を細めた。

私も、あんな幸せな時間があったのだろうか。父と母の愛情を同時に注がれる幸せな時間が。

名前は、母から聞いた父との遠い記憶を思い起こす。
まだ、名前が物心ついたばかりの3歳か4歳の頃だった。
父と留守番をしていた時に突然雨が降り、名前はママが濡れちゃう!と騒ぎ始めたと言う。父は名前には滅法弱く、名前の言う事には何でも聞く親馬鹿だった。優しい名前の心配を取り除こう、妻が折りたたみ傘を持っていることを知っていたが、一緒に傘を持って迎えに行こうと雨の中家を出た。

父は何故か母親を見つけるのが上手かった。当時はまだ、携帯電話を持っている訳じゃなかったのに、父が歩く先には必ず母がいた。それが不思議で父に聞いたことがある。どうしてママのいる所が分かるの?魔法?と。
そうすると、父は優しく笑いながら答えた。ママのことを愛してるからだよ、と。
この時、名前は自身がどう感じていたかなんて覚えていないが、この言葉は何故か頭に強く残っていた。

出掛けた先の雨の中で父は母を見つけた。ふと、朧気に蘇る。
名前はそこで母と一緒にいた誰かに会った気がする。何となくにしか思い出せないが、名前はその人のことをひと目で気に入ったのを覚えている。誰だっただろうか。母は何故か喜び、父はどんな反応をしていたっけ。その時、父があんまりにも強く抱き締めるから息が出来ないと怒った気がする。

「んー、誰だっけ……」
「俺のこと?」

名前は、突然視界に入って来たカカシに驚く。
思い出そうとしていたことは頭から飛んでいってしまった。

「お疲れさま!」
「うん」

名前はジャンプするように立ち上がるとカカシに飛び付き、カカシは体で受け止めた。名前の頭を撫でながら、カカシはデレデレと目尻を下げる。

「甘えん坊さんだね」
「だって、好きなんだもん」
「前は生徒に見られたら恥ずかしいって言ってたじゃない」
「もう気にしないの」

恥ずかしいなんて理由で後悔はしたくないから。
カカシは名前の手を取り、二択を迫った。

「このまま抱き着いて瞬身の術、手を繋いでゆっくり歩く。どっちがいい?」
「えっと……」

かつて瞬身の術までとは言わないが、カカシが自分を抱き上げたまま高速移動をしたことがあり、あの時は正直意識が混濁しかけた。またあんな目には遭うまい。故に、名前の選択はひとつだけ。

「歩く」
「りょーかい」

家族連れがまだ組手をしているのを確認してから、手を繋いで公園を出た。向かう場所があるのか、カカシの足に迷いはない。名前はカカシに付いていく。

2人は他愛もない話をした。やっぱりサクラ達の女子会から逃れられないこと、この頃の綱手のスキンシップが激しくて、あの豊かな胸で窒息しかけたこと。そりゃ、自来也様が聞いたら羨ましがりそうだと二人で笑った。

下らない話をしている内に、カカシが足を止める。

「着いたよ」
「ここはどこ?」
「俺にとって大事な場所」

誰にも教えたことのない秘密の場所。
悲しい時、ひとりでここで耐え忍び強くなろうと何度も言い聞かせてきた場所。自分の辛い過去もこれからの未来も詰まっている場所。
カカシは、周りに気配がないことを確認するとマスクを提げて名前の前に立つ。

「父親を失い、親友を失い、師も失い、そこからの約十年、俺にとっては闇のような時間だった。でも、それを名前が救ってくれた」
「私は何も……」

カカシが腰のポーチに手を突っ込み、ごそごそと何やら探し始める。ん、あったあった。そう楽しそうに呟いてから、隠し持った手のひらを広げた。

「あ……」

一目でで分かる。布張りの仕立ての良さそうな宝石を入れる箱。
張られた布は絹の糸で織られているのか柔らかいく光を乱反射してキラキラと輝いていた。名前の手には大きいが、カカシの手には小さいその箱。
ロックを外すと、パカリと小さな音を立てて開いた。

「遅くなってごめんね」

名前の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れる。カカシが、もう一度ごめんね、そう言いながら名前をあやす様に頭を優しく撫でた。名前は頭を横に振り、カカシを見上げた。

「……ううん、全然遅くない」

箱の中、ベッドの様な膨らみの中にふたつのリングが眠っていた。ひとつは大きく、ひとつは小さい。

「俺達を繋ぐ指輪だよ」

カカシは名前の左手を、自らの左手に乗せた。
ほっそりとした薬指に指輪をゆっくりとはめていく。柔らかな波のような指輪。名前の優しい雰囲気に良く似合う。

「やっぱり似合う」

前の世界では見たこともない美しい宝石が輝いていた。こんなに美しいものが存在するこの世界が、愛おしくて愛おしくてたまらない。

「俺にもつけてくれる?」
「うん」

名前自ら、カカシの手から手甲を外し指輪をはめる。名前と同じ宝石がキラリと輝く。指輪の輝く左手をカカシが優しく両手で包み込んだ。

「この宝石はね、ひとつの原石をふたつに割ったものなんだ」
「すごくロマンチック」
「俺達みたいでしょ?」

歯の浮くような台詞に、名前は笑いながら誤魔化すようにカカシの胸に体を寄せた。間近に聞こえるカカシの鼓動。心なしか速くて、名前は密かに頬を緩めた。

「名前、君に辛い決断をさせてすまない」
「ううん、きっと昔の私だったら何で私ばっかり!って、駄々をこねてばかりだったと思う。カカシやナルト君、この里で生きる皆を見てて思ったの。生きるってこんなにも大変で覚悟がいるものだったんだって」
「名前……」
「カカシが幸せになれるのなら、何でだってするよ。カカシが必死に守るこの里を私も守りたい。カカシが好きで好きで堪らないんだもの」

だから、こんなの平気だよと強がる名前に、カカシの胸は掻きむしられる。

「名前、俺は死ぬまでこの里を守る。名前が守ってくれるこの里を。世界が俺達を分かつとしても、この繋がりは決して断たれることはない」
「うん、絶対だよ」
「約束する」

指を絡めながら、見つめ合う。

もう言葉なんて飾りに過ぎない。言葉がなくてもお互いの心が手に取るように分かる。
カカシは、名前と出会ってからというもの、今日が人生で一番幸せな日かも知れない。そう何度も思っていた。
カカシは、必要ないとは思いつつも口を開く。

「幸せだね」
「うん、とっても」

名前の笑顔を見て思う。
今日が一番幸せな日だ。




ー59ー

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