人形姫・06




目蓋に日差しを感じ、カカシは目を覚ました。
腕の中の名前に朝だよ、と声を掛けた。
名前の髪にキスをしてから、腕枕を引き抜いてベッドから降りた。窓を開けて風を取り入れる。外から注ぎ込む日差し、風の匂い、それに運ばれてきた鳥達の声。近くからはアカデミー生達の声が聞こえる。

それなのに、名前だけが音もなく存在していた。

「おはよう、名前」

名前の頭を撫でてやり、布団を直した。
昨夜、綱手に言われたことを思い出す。自分にしか出来ないことなんて、そんなものあるんだろうか。
自分のよりも二周りは小さな手を握る。桜貝のような薄紅色の小さな爪を、指先で何度も擦れば、ネイルでツルツルとしていた。倒れる前夜に、名前が自分で爪に塗っていた。カカシが綺麗な色だね、と褒めれば、名前は嬉しそうに笑ってくれた。たった数日前のことなのに、果てしなく昔のことのように思えた。


「やっぱり、この世界は絵本にも忍者が出てくるのね」

名前は図書館で借りてきた絵本を眺めていた。
この世界のことを知る為に、まずは子供でも理解できるものからと絵本や子供向けの解説書を順番に借りて来ては読んでいる。今回借りて来たのは、心優しい忍者が主役のシリーズものの絵本だった。

「名前は子供の時、どんな絵本を読んでたの?」
「よく読んで貰ったのは眠れる森の美女って言う本。悪ーい魔女の魔法で永遠の眠りについたお姫様が、王子様の真実の愛のキスで目覚めるの」
「キスでね」
「そう。とってもロマンチックでしょう?」

お姫様は茨のお城に閉じ込められてしまうんだけど、勇敢な王子様がその茨と魔女が変身したドラゴンを乗り越えてお姫様を救い出すのよ。森で偶然運命の出会いを果たした王子様とお姫様が恋に落ちて、真実の愛を見つけるの。
名前は本当にその話が好きらしく、目をうっとりとさせていた。

「そんな王子みたいな人、現実になかなかいないでしょう」
「カカシが王子様だよ。私を助けてくれたもの」
「ありがと。じゃあ、お姫様は名前だね」
「わ、私はそんな柄じゃないもの」

でもさ、俺は名前を初めて見た時お人形かお姫様だと思ったんだよ?そう言えば、あれは化粧と着物のお陰だからと照れ臭そうに誤魔化した。

「真実の愛のキスか」

そんなお伽話信じちゃいないが、藁をもすがる思いだった。マスクを下ろしたカカシは名前の顎に指を添えて、鼻の先っぽ同士をくっつけた。目の前の動かない睫毛、色のない頬、ぴったりと閉じられた唇。

まるで繊細なガラス細工に触れるように優しくゆっくりと唇を重ねる。
初めてキスをした時はマスクをしていたから、下ろしてくれなきゃ駄目だと怒られたっけ。生まれて初めてキスをした時の名前、めちゃくちゃ可愛かったな。今だって、どんどん可愛くなってるんだけどね。
少し離しては唇を再び重ね、右の口角、左の口角それぞれにも唇を重ねる。王子様だったら、こんなに何度もする訳ないよな。やっぱり俺は王子様じゃないよ、名前。

ようやく唇を離して、カカシは名前の頬を包みながら目蓋を見つめる。

変わらず睫毛さえ動かない。

期待なんてしていなかった。期待して裏切られた時の落胆に耐えられる自信がとても無いから。それでも、心臓が引き裂かれてしまったかのように胸が苦しい。

どうして、どうして俺を地獄に落としてくれないんですか。言ったじゃないか、名前の為なら地獄に落ちる。何よりも名前を幸せにしてくれって。俺の願いは聞いてくれないのか。
名前がずっと笑顔で生きていけるのなら、この目も、この腕も、この足も、この心臓だって差し出してやる。だから、お願いだから名前を助けて下さい、神様。

「俺は運命の人じゃないのかな」

声に出してしまったことを、瞬時に後悔した。
自分の震えた言葉は、骨も鼓膜も伝って自分の体に染み込んで行く。

その時だった。突如、外が騒がしくなる。
暗部達の困った声が聞こえ、その中に暑苦しい声が重なって聞こえた。やっとカカシは溜め息を吐く。病室の鍵を解錠し、扉を開けた。

「お前、何やってんのよ」
「カカシ!やはり居たか!勿論、名前さんの見舞いだ!」

白い歯をキラリと輝かせて、夏バテを誘うような眩しい笑顔。カカシはどっと疲れた気がして猫背になって扉にもたれ掛かる。

「ガイ、お前ね、これが見えないの?」

病室の扉に掛けられた面会謝絶の札を指差す。

「名前は面会謝絶だし、暗部が見張りについてんだから綱手様の許可なしに来るなよ」
「我がライバルが落ち込んでいるのに許可なんか取る暇があるか!」

可能ならば、こいつを木ノ葉病院から締め出してやりたいと思った。正直、今のカカシにはガイを相手にする元気も余裕も持ち合わせていない。
だが、ガイの後ろで焦りの色を隠せずにいる暗部達が気の毒に思えて、カカシは道を開けた。

「……入れ、騒ぐんじゃないぞ」
「おお!」

ガイはピョンと跳びはね、軽いステップで病室に体を滑り込ませた。カカシは悪いね、俺から綱手様には言っとくからと暗部達に声を掛けて扉を閉めた。

「名前さん!」
「ずっとこう。綱手様の治療はついてるが、イタチの月読のダメージが全く癒えてないんだ」

名前を見下ろしながら、ガイは拳をギリギリと握りしめる。

「うら若き名前さんをこんな目に遭わすなんて許せない!」

ガイは皮膚が白くなるほど強く握った拳を、今度はナイスガイポーズに変えた。

「裸足に更に逆立ちで神社をお百度参りならぬお千度参りをする!達成したら名前さんが目覚める!失敗なんて決してしない!」
「ガイ……お前」
「カカシはどうする?」
「は?」
「カカシは名前さんの為に何をするんだ?俺より名前さんに出来る事が沢山あるはずだ!今のお前の辛気臭い顔はとても見てられん!天才忍者はたけカカシは何処に行った?落ち込んでばかりでは名前さんに振られるぞ!」

カカシは考えた。名前の為に、ガイは千度もお参りをすると言ってくれた。それ位言えば、神様だって気が変わるかもしれない。
じゃあ、自分だったら何ができる?何もできないと考えてばかりいた。ずっと眠ったままでも良いから名前をこの手の中に置いておこうとさえ思っていた。そうすれば、名前を失う可能性をすこしでも減らせるから。あぁ、なんて俺は大馬鹿なんだろうか。
そうだ。出来ないことより、出来ることの方がよっぽど多い。一縷の望みをかけて、この可能性に掛けてみよう。

「俺が出来ること、全部やってやるよ」
「いいぞ!」

ガイは名前の横に立ち、高らかに宣言する。
俺達は名前さんの為に今から何だってする!だから、名前さんも頑張って生きるんだ!約束だ!

「やっぱり、お前には癒やされるよ」
「それでこそ我がライバルだ!」

ガイの暑苦しい笑顔に、初めてカカシは笑って返した。



ー50ー

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