人形姫・12




「お世話になりました。温泉もお食事もとても素敵でした」
「ゆっくり過ごせました」
「また奥様といらしてくださいね」
「ええ、必ずまた来ます」

チェックアウトを済ませ、女将に挨拶をするとふたりは里に戻る道についた。
また6時間だ。往路より荷物が増えたから、きっと前よりも時間が掛かるだろう。帰りは、出来るだけ頑張って歩こう。カカシにはバレないように、小さく握り拳を締めて気合いを入れた。


帰り道は、行きよりも頑張って歩いてみると名前が言うものだから、カカシは名前に合わせて歩いていた。

「…………」

カカシは辺りに意識を向ける。
八時の方向にふたりの人間の気配がする。温泉街を出た時から怪しい気はしていたが、歩いて三十分くらいしてから、ぐいと気配が近付いたのだ。きっと忍だろう。悪い勘は良く当たる。
敵か味方か。狙いは何だ。自分の可能性もあるし、名前の可能性も捨てきれなかった。また、大蛇丸の手下が来ているとしたら……。
もし、これ以上気配が近付いて来たら、名前には悪いが歩いて貰うのはやめなければならない。一般人の名前と一緒の今、戦闘はできるだけ避けたい。カカシは、いつでも走れるように名前の荷物も預かる事にした。

「名前、お土産は誰に買ったの?」
「ナルトくんとサクラちゃん。それから、アカデミーの先生達と綱手様、あとアスマさんと紅さんには一緒に使えるものを」
「あ、やっぱり名前もふたりのこと知ってたんだ」
「どう見てもおふたりってラブラブだもの。アンコさんに聞いたら、やっぱりそうだった」

アカデミーから同期で、大人になってやっとくっついた。途中、同期とは距離を置いていたが、それでもアスマと紅の仲の良さは知っている。

「結婚、しないのかな…」
「そろそろするでしょ」
「ま、そーだね」
「今、俺の真似した?」
「えへへ」

ふと、気配が一気に近付くのを感じた。
カカシは、名前を横抱きにして走り出す。

「きゃ!」
「ヤボ用思い出しちゃった。ごめんね」

向こうも走っているようで、気配は一定の距離を保っている。隙を見せず、木ノ葉まで無事に戻らなければ。木の上に飛び乗った。
ヤボ用と言うには必死なカカシの様子に、名前は黙ってしがみつく。

「名前、ごめんね」
「う、ううん!」

これは、キツイな……。

十時の方向から、また二人の気配が近付いて来る。どう考えてもピンポイントに、自分達に近付いてくる。後ろの奴らの仲間だとしたら分が悪すぎる。カカシは更に足を速めた。
新しい気配は、どんどん自分達に近付いてくる。もう目視されているかもしれない距離に感じる。

左側に影が見えた。
もう間に合わない、カカシは右手にクナイを構えた。

「おい!カカシ!」
「!!」

目の前に現れたのは、アスマとシカマルだった。

「綱手様から、お前を迎えに行くように言われてな」
「アスマさん!?シカマルくん!?」
「名前先生、めんどくせーけどもう少し頑張って下さい」

綱手が手配するという事は、里に何かあったのだろうか。

「詳しいことは、里に着いてから説明する」

二人の増援のお陰か、追いかけて来ていた気配は消え失せた。唐突に消えた気配に違和感を覚えながらも、カカシはホッと胸を撫で下ろした。





里の門をくぐり抜け、やっと名前を腕から降ろした。名前自身は走っていた訳ではないが、必死にしがみついていたのだろう、息があがっていた。

「名前、ごめんね」
「ううん、それより用事は大丈夫?」
「あ、そうだった。アスマなんだっけ」

チラリとアスマがシカマルに目配せすると、シカマルが名前とカカシの荷物を持った。

「名前先生、送ります。悪いんすけど、綱手様がカカシ先生にヤボ用で」
「そうなんだ。シカマルくん、ありがとう」

名前がシカマルと家の方向に歩いて行くのを見送って、アスマに向き合う。

「……で、何よ」
「暁が水面下で動き始めた」
「…………」
「まだ各国の里の周辺に現れるだけだがな。それで、カカシ、良くない噂を耳にしたんだ」

アスマがカカシに耳打ちする。

「それ、本当なの?」
「さぁな、小耳に挟んだだけだからな。だが、警戒はしておけ」
「あぁ」

もし、それが本当だとしたら…。

「アスマ、名前には言うなよ」
「言えるか。無駄に不安を煽るだけだ」





「名前先生って、カカシ先生と付き合ってるんすよね」
「うん、そうだよ」

あの試験の中で、唯一中忍に上がったシカマル。ベストを着た姿は、どこか頼もしい。ダルそうな口調は相変わらずだが。

「俺、アカデミー時代に名前先生に世話になった唯一の中忍なんで、すげー中忍の先輩達から名前先生のこと聞かれるんすよね」
「え、そうなの?」
「先生自覚なさそうだけど、めんどくせー位モテるから。連絡先代わりに聞けってすげー言われたてたんすよ」
「うんと、ごめんね」
「いや、仕方ないっすよ。カカシ先生が彼氏だって周りに知れ渡ってから、先輩達から言われなくなりましたから。カカシ先生には感謝してるんで」
「やっぱりカカシ先生って、すごいのかな……」
「んー、アスマが言うには同期の中ではずば抜けてるって。昔は火影直轄の忍だったらしいし」
「へぇー」

だから、カカシはあんなに三代目に信頼されていたのか。改めて、カカシに出会えたのは幸運だったと感じる。

「家までありがとう。折角だから、お茶飲んで行ってよ」

シカマルは、しゃーねーなぁと言った顔で荷物をリビングまで運ぶために家の中に入った。名前はお湯を沸かしながら、シカマルの前にお土産のお菓子を置いた。

「これ、食べよう。お腹空いちゃった」
「先生って、プライベートでも変わんないんすね」
「そう?」
「うん」

どこが変わらないの?と聞こうと思ったが、シカマルが面倒臭がる気がして問うのはやめた。お茶をすすりながら温泉まんじゅうを食べる様子は、若さの割に何とも老熟した雰囲気を醸し出す。この子は、アカデミー生の時から何かを悟っているとは思っていた。一族の出で父親がとても優秀な方だとは聞いていたので、きっと恵まれたDNAを受け継いでいるんだろう。

シカマルがお茶をもう一口すすろうとして、その手を止めた。

「旦那がお帰りっすよ。俺、帰ります」
「シカマルくんありがとう」

シカマルの言う通り、玄関が開く音がしてリビングにカカシがやってきた。

「シカマル、ありがとうな」
「いいっすよ、カカシ先生には感謝してるんで」

なんの事?と思いながらも、カカシは聞き返すことはしなかった。

「またお友達も一緒においで」
「チョージも名前先生に会いたがってたんで、腹いっぱいにさせてから遊びに来ます」
「ふふ、ありがとう」

シカマルの姿が見えなくなって、名前はやっと部屋に戻る。カカシが、シカマルの湯のみを洗ってくれていた。

「早かったね」
「まーね、シカマルとは久しぶりでしょ。どうだった?」
「うん、楽しかったよ」

名前は荷物を広げながら、そうそうと顔をあげた。

「私って、めんどくせー位モテるんだって。シカマルくんに言われた!」
「…………」

薄々感じてはいたが、名前には自覚がなかった。いや、普通の人ってそうなのか?
忍である為、自己分析は欠かさずしている。忍術や身体のこと、性格のことも客観的に見て、自分は何が秀でていて、何が足りないか常に気にかけている。
名前くらいのレベルだったら、自覚してもおかしくない筈だ。いや、逆にレベルが高いと気付かないのか?

「名前ってさ」
「ん?」
「いや、何でもない」
「え、すごく気になる」
「ううん、名前はそのままで良いよ」

何それ、と名前は浮かない顔をしたが、さして彼女の興味をひいた訳でもなかったらしく、すぐに目の前の荷物の片付けに戻ってしまった。
名前の横顔を見ながら、カカシは一人で思案する。

「名前、来週からなんだけどね」
「なーに?」
「アカデミーの仕事は暫く休んで、シズネの補佐をやって欲しいそうだよ。人が足りないんだって。綱手様から直々に頼まれてる」
「そうなの?うん、わかった」

アカデミーの仕事は好きだったため、すごく残念に感じたが、綱手から直接声を掛けられたのでは断る理由もなかった。
それに、自分みたいな特殊な一般人が人手不足と言う理由だけで、あの火影の部屋で働くということは有り得ないのはアカデミーに居ると何となく分かる。きっと何か理由があるはずだ
この里の人間の行動には必ず理由がある。名前はそう感じていた。だから、名前は大人しく従うべきだと思っていた。


ー40ー

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