人形姫・01


2nd・ひとつになる


今日は機嫌が良いですね、良い事あったんですか?なんて、先生達のお茶を淹れているとイルカに聞かれ、名前は恥ずかしくなった。昨日のことを思い出す度に、心が胸が踊る。カカシから告白を受け、名前も想いを素直に伝えた。中学卒業から花街の世界に入った名前には、恋人はおろか身近な異性の存在もいなかった。恋愛に免疫もアレルギーもない名前にとって、優しく守ってくれる大人の男性、つまりカカシと言う存在は強烈だった。

任務の対象者から、恋人になれたことに実感はない。とは言ってもキスはしっかりしてるんだから、やっぱり恋人になれたんだと思った。指で唇に触れると、昨日のキスを思い出して名前は一人で顔を赤くした。

「名前先生、あとは俺がやりますから、定時になったら上がって下さいね」
「あ!ありがとうございます」




「じゃ、解散」
「えー!?今日もこんだけ?もっとシュバッと、バキッと!」
「あー、ないない」

文句を垂れるナルトを無視して、カカシはアカデミーに足を運ぶ。そろそろ名前の仕事が終わる時間だから、迎えに行ってあげようと思った。
校門の横で本を読んでいると、慣れた気配がこちらに向かって来るのを感じた。周りを伺う様子もなく、警戒心ゼロで近付いてくる気配。本当に心配だな、と本をしまい、カカシは口布の下で密かに笑った。ちょっと驚かしてみようと思った。我ながらガキみたいだな、と呆れながらも名前の驚く顔を想像すると実行せずには居られない。

カカシは気配を消し、出て来た名前の背後に立った。昨日と一緒で本当に気付かない。上機嫌らしく、鼻歌まで歌っている。相変わらず何の歌なのかサッパリ分からないが、名前が歌うから良い歌だと思った。嬉しそうに、唇を人差し指でポンポンと撫でていた。今日の俺と同じ事しているなと、カカシは嬉しくなった。やっと唇に触れられたことが幸せで、カカシもやたらと唇に触れていたから。
数メートル歩いた所で、カカシは、名前を呼びながら名前の両肩に手をポンと乗せた。その瞬間、名前の体は子猫の様にビクリと飛び跳ねた。

「か、カカシさん!?」
「ビックリしすぎ」 
「だって、突然現れるので」
「全然気付かないんだもん、名前」

名前は穴があれば入りたい気分だった。全然気付かないってことは、暫く居たっていうことで、暫く居たっていうことは、あの恥ずかしい鼻歌とかも聞かれていたっていうことで。

「カカシさん、忘れて下さいね」
「何を?」
「いや、その……」

カカシがポカンとするものだから、もしかして、聞かれていないのかも知れない。だとしたら、色々言ってしまっても墓穴を掘るだけかもしれない。

「いいえ、何でもないです」
「そっか、ま!俺は良い歌だと思うよ」
「やっぱり!」

からかわれたのに、嫌な気はしなかった。カカシは、名前の横に立ち気の抜けた右目を優しく細めた。たったそれだけの事なのに、胸がくすぐったくて、どうしようもない程に込み上げる気持ちに名前は溺れてしまいそうだった。

「さ、帰ろうか」
「はい、カカシさん」

好きってこう言う事なんだ。
名前は、初めて恋を知った。





今日も、いつも通りの時間に仕事が終わる。
先生達に挨拶をして、名前は職員用の通用口を出た。顔に冷たいものが当たって、名前は空を見上げる。

「あ、雨」

手のひらを開けば、ポツポツと冷たいものが当たり、少し濡れた。今朝の天気予報は、晴れだったのに。こっちの世界の天気予報も、外れることもあるんだなと思った。こういう時、母が心配性で良かったと思う。カバンから折畳み傘を取り出し、バサバサと振ってから空に向かって広げた。
仕事の時は、傘を差してくれる人がいたけれど今の生活は、当たり前だがそんな人はいない。

居るとしたら……

名前は、愛しい人が傘を差してくれる想像をしてしまい、自分は結構やばいのかもしれないと感じた。
色々買いたいものがあったけど、この雨じゃあ片手が塞がっているからまた晴れた日にしよう。真っ直ぐと家に帰りながら、ぬかるんだ場所を避ける。ぬかるんだ道は体力を使う、額に少し汗が滲んだ。

大きくて賑やかな里なのに、舗装された道は殆どなくて、初めて雨の中外を歩いた日には、家に着く頃には足は泥だらけになってしまった。泥だらけで帰ったものだから、カカシには凄くビックリされたのが懐かしい。汚れた足を洗った時、元の世界では土を踏むと言う経験が殆どないことに気付いた。ここにいると、自分がいかに何も経験した事がないかを思い知る。ネットで調べる事、本で読む事、テレビで見る事、それらと実際に自分が経験することでは全く違う。
ふとそんな事を考えていると、雨足が突然強くなり、名前は傘の中に小さく縮こまる。家までの最後の角を曲がると見慣れた後ろ姿を見かけた。名前は、足元を見ながらも早歩きでその後ろ姿に近付こうと歩みを速めた。あと3歩進めば、背中に触れることが出来る。声を掛けようとした瞬間、その背中が振り向いた。

「名前、おかえり」
「カカシさんも、おかえりなさい」
「ただいま」

忍と言うのは本当に凄い。後ろから近付いても、絶対に気づかれる。ちょっと変わった所に行けば、匂いでバレる。特にカカシはその能力が高く、この人に隠し事は出来ないなと常日頃から感じていた。
カカシを見上げ、その銀の髪から水がポタポタと滴り落ちているのに気付いて、名前は慌てて傘をカカシの上に差した。

「傘、忘れたんですか」
「任務中に傘はさせないでしょーよ」
「た、確かに……」

生きるか死ぬかの戦場で、傘なんて必要ないに決まっている。よくよく考えたら、家には名前の傘しか置いていない。この人は、雨が降っても傘は差してくれなさそうだなと下らない事を思った。

「でも、風邪ひいちゃいます」
「ヘーキヘーキ。帰ったらシャワー浴びるよ。あと、熱いコーヒー淹れてくれる?」
「もちろんです!」

雨に濡れながら帰るってどんな感じだろう、名前は傘をぱっと閉じた。その瞬間、カカシが慌てて傘を奪って名前の上に広げた。名前は残念そうにカカシを見上げる。

「俺は鍛えてるけど、名前は風邪ひくからダメ」
「そんなぁ」
「俺と一緒にシャワー浴びるなら、傘なしでも良いよ」

言われた事を理解した瞬間、耳が赤くなり、カカシは名前の頭をポンポンと撫でた。

「お子様には早かったかな?」
「どうせ子供ですから」

拗ねたように名前はついに走り出し、後ろから余裕そうに大股で追い掛けてくるカカシに、もう少し自分も鍛えようと思った。

家に着くなり、名前は風呂場に急いでタオルを取りに行く。
びしょ濡れのカカシに渡そうと玄関に戻ると、名前は固まった。濡れた忍服を脱ぎ、上裸姿になっていた。初めて見る男性の裸に名前の足は根が生えたように動かなくなった。
カカシは不敵な笑みを浮かべると、サンダルを脱いで名前に近付いた。

「ありがとう」

タオルを受け取り、濡れた肌を拭う。
少し濡れたタオルで名前の体を包み込み、そのまま抱き着いた。初々しく名前の体がビクンと跳ねた。
名前の頬に自分の胸板を押し付けるように、強く抱きしめる。軽くからかうつもりだった。こうすれば、大体の女はキスをして来たり、体を求めようとしてくる。生娘の名前は、きっと慌てふためくに違いない。そう思っていたのに、名前は潤んだ瞳でカカシを見上げ、少し戸惑いながらもそっと背中に手を回した。熱い手の平が、カカシの背筋に触れて、そこから体中にゾクゾクと気持ち良い震えが伝わる。体が一気に熱くなり、その熱はカカシを刺激した。女に肌を触れられただけで、こんな感覚になったのは初めてだった。

このままじゃ、コッチが保たないな。

咄嗟にこの子の服を脱がしたい欲求に蓋をした。

「じゃ、シャワー浴びて来るね」
「はい……」

寂しそうな目をしたものだから、顎を掴んでキスをした。

「そんなに可愛い顔しないの」
「え?」
「キスだけじゃ済まなくなっちゃうからね」
「私は、」

名前は何かを言おうとしたが、それを聞いたら抑えが効かなくなる気がしてカカシは唇でそれを塞ぐと、風呂場に急いだ。
熱いシャワーを頭から浴びて、この熱を誤魔化そうとした。名前をからかうつもりが、翻弄させられた。あの子は、時折物凄く色気を醸し出す。くノ一のとは違い、天然に発せられる色気に惑わされる。あんまり名前をからかうもんじゃ無いな、と反省する。
彼女と出会ってから、一人でこの熱を処理をするのは何度目だろうか。出会う前なら、名前も知らない女のベッドで処理していただろう。

「はぁ……」

処理をしても溜まっていく熱に、カカシは溜息を吐いた。ちゃんと服を着て、カカシはリビングに戻る。コーヒーの良い香りがして、名前がコーヒーを淹れてくれたんだと分かった。テーブルの上に置かれたマグカップから湯気が出ていて、それを取って1口飲んだ。当の淹れてくれた人間が見当たらず、部屋をグルリと見渡すと、テーブルの下でクッションを抱えながら眠っていた。

「風邪ひくよ」
「あ、カカシさん……」

目を閉じたままフニャリと笑う。寝るならお風呂入りなと言えば、名前はパチッと目を開いた。突拍子のない動きに、カカシは少し驚いてしまった。本当、この子の前では気を抜いてしまう。

「ご飯、作ります!」

エプロンを掴んで、キッチンに小走りで行ってしまった。
何しても可愛いと感じる。
後ろ姿も愛しくて、カカシは名前をゆっくりとした足取りで追い掛けながら、バレないように小さく笑った。
ー16ー

prev next

[back]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -